弁護士 野溝夏生

東京高判平成27・5・21判時2279-21(多段階契約と契約締結上の過失)

事案の概要

被控訴人(Y)との間でシステム再構築に係る開発業務を請け負う基本契約を締結した控訴人(X)が、Yに対し、Yが複数のフェーズから構成されるシステム開発業務のうち最終段階の開発設計作業を発注することを約束し、又はXに対して発注を受けることができるとの期待を生じさせ、前記開発設計作業の代金額に転嫁する前提でその前段階の費用を前段階に含めず、かつ、費用を一部減額したにもかかわらず、Yが前記開発設計作業を発注しなかったとして、債務不履行又は契約締結上の過失による不法行為に基づき、損害賠償を請求した事案です。
原審は、前記約束はなかったとして債務不履行は認めませんでしたが、前記前段階の費用の減額分については、契約締結上の過失があったことを認め、その一部について請求を認容していました。

契約締結上の過失とは

大前提として、契約を締結するか否かも含め、契約の締結は自由ですから(契約自由原則)、契約締結を拒絶したからといって、原則として違法となるものではありません。
したがって、一方当事者が、契約が成立していないにもかかわらず、契約が成立すると思い込んで作業に着手していた場合、それは当該当事者がリスクを負ったにすぎないとされ、投下したコストを回収できない可能性があります(むしろそれが原則とされています。)。

他方、専ら反対当事者の行為によって一方当事者が契約が成立すると思い込んで作業に着手した等、反対当事者に信義に反する特段の事情があった場合には、例外的に、投下したコストを回収できる可能性が出てきます。

すなわち、契約準備段階に入った当事者は、相手方の財産等を害しない信義則上の義務を負うところ、これに反して相手方に損害を発生させたとき、相手方に対してその損害を賠償しなければならないとする法理のことを、「契約締結上の過失理論」といいます。

契約未締結でも損害賠償を請求できる場合

時系列

H23.10.20 X=>Y、フェーズ1(要件定義及び基本設計)、フェーズ2(詳細設計及び開発)、フェーズ3(総合テスト)にかかる見積を提出
H23.11.1 X・Y、ソフトウェア基本請負契約締結
H24.1.3 X・Y、フェーズ1にかかる個別契約成立
H24.1.11-16 Y=>X、追加機能要望
H24.1.31 X=>Y、追加見積書提出
H24.2.16 X・Y、フェーズ2にかかる個別契約成立
H24.2.29 X=>Y、フェーズ1にかかる納品完了
H24.2.29 Y=>X、フェーズ1にかかる代金支払
H24.4 Y=>X、追加機能要望
H24.7.18 X=>Y、フェーズ2以降を、新フェーズ2(要件定義、基本設計、詳細設計、モック開発)、新フェーズ3(詳細設計及び開発)、新フェーズ4(総合テスト以降)とする見積書提出
H24.7.30 X=>Y、フェーズ2以降を、新フェーズ2(要件定義、基本設計、詳細設計)、新フェーズ3(要件定義、基本設計、詳細設計及び開発)、新フェーズ4(総合テスト以降)とする見積書提出
H24.8.10 X・Y、フェーズ2を基本設計工程へと変更する等を内容とする覚書締結
H24.9.24 H24.2.29 X=>Y、フェーズ2にかかる納品完了
H24.10.31 H24.2.29 Y=>X、フェーズ2にかかる代金支払

主な争点(一部省略)

裁判所の判断

発注約束の成否

裁判所は、原審と同様、XとYとの間では、全工程の個別契約の締結までも当然に約束されていたものではなかった旨を述べました。

 「そもそも、XとYとの間で締結された本件基本契約においては、本件システム再構築の請負業務は多段階契約方式で行われるものであり、フェーズ毎の個別契約の締結をまって、業務の範囲、納期、納入物の明細、代金支払条件等が定まるものとされていたのであるから、本件基本契約の締結によって、本件システム再構築の全工程の個別契約の締結までもが当然に約束されたものではなかったものである。」

ちなみに、原審の判示を見るに、本件の実質的な発注者はA社であり、A社から原告に対してフェーズ3以降の発注を約束しない旨が度々伝えられていたことが、原審では大きく影響しているように見受けられます。

 「フェーズ三以降の発注は約束しない旨のA社の意向がXに度々伝えられていたことが認められる。実質的な発注者であるA社のこのような従前からの意向を前提とすると、フェーズ三(Xのいう新フェーズ三)以降を発注するというA社の明示的判断がないまま、Yとしてその発注をXに約束するということは考え難いところ、A社がそのような明示的判断を示したと認めるに足りる証拠はない。」(東京地判平成26・11・20判時2279-26(原審))

ところで、Xは、控訴審において、ソフトウェア基本請負契約は、請負代金を分割払いとすることを合意したにすぎず、同契約締結時に、すべての工程の業務に関する契約が締結されていた旨を主張していました。
これにつき、裁判所は、プロジェクトを多段階契約方式にすることとし、各段階の作業内容や代金額を個別契約に委ねたことからすれば、X主張の合意があったとはいえない旨を述べています。

 「本件基本契約は、単に請負代金を分割払することを合意したものにとどまらず、本件プロジェクトをフェーズ毎の多段階契約方式により締結することとし、基本契約書を締結したものの、その後にフェーズ毎に作業内容や代金額を定めた個別の請負契約を締結することを予定するものであり、その具体的作業内容や代金額自体は正に工程毎の交渉に委ねられることとしたものであるから、YがXに対してフェーズ三以降の業務を発注することが平成23年1月の時点で確定的に合意されていたとはいえない。」

契約締結上の過失の成否

裁判所は、原審とは異なり、次の各事情等から、フェーズ3にかかる内容に関するやりとりの存在も、Yがフェーズ3を発注する際の要望を告げたにすぎず、Xに対して新フェーズ3の発注を確約したものではないし、X代表者も交渉経緯を認識した上で当該やりとりがあったことを認識していたのであるから、その経緯に反して今後プロジェクトが続行する意向をA社がXやYに示したことをうかがわせるものではないことは明らかであるとして、Xの期待は法的保護に値せず、契約締結上の過失は成立しない旨を述べました。

 「ア A社、X及びYが一堂に会するなどして協議を重ねる中で、平成24年5月以降、度々フェーズ三以降の工程の発注は約束されたものではない旨のA社の意向がX及びYに協議の場やメールで伝えられていた。特に同年6月以降、X代表者とA社の乙山との間におけるフェーズ二の代金額と作業内容の調整の交渉において、Yの甲野及びB社代表者の丙川が間に入って協議がされたが、X代表者は、乙山から、フェーズ二の代金額の調整がつかなければ、契約自体をキャンセルせざるを得ない旨を告げられ、仲介に入っていた丙川もX代表者に対し、本件フェーズ二契約自体をキャンセルされてしまうよりは、フェーズ二の代金額の減額に応じて少しでも納得のいく対価を確保した方がいいのではないかと助言を添えるなどした。
 イ 最終的に同年7月25日の段階において、丙川は、X代表者に対し、乙山から得たA社の感触として、A社がYに支払うフェーズ二の代金額を1800万円きっかりとしてほしいこと、二次モック……は不要なのでフェーズ三に移動してもよいこと、フェーズ二減額分はフェーズ三に移動してもよいこと、フェーズ三については新たな社内稟議が必要なので、プロジェクト続行の約束はできないことをメールで伝え、当該メールは甲野に対してもコピー送信された。
 ウ 上記メールを受けて、X、Y及びB社との間で協議した結果、甲野は乙山に対し、A社がYに支払う新フェーズ二の代金額を1800万円とすることでXと内部調整ができたことなどを内容とする本件メールを送信し、YのXに支払う新フェーズ二の代金額を1620万円とする本件再見積り二を送付するとともに、本件メールをX代表者にコピー送信した。
 エ 他方、上記の内部調整の結果として、XとYとの間でも、変更後のフェーズ二には二次モックを含まないものとした上で、フェーズ二の代金額を総額1620万円とする旨の本件覚書が締結され、A社とYとの間でも、フェーズ二に関し、同様の平成24年9月1日付け覚書が締結された。」
 「以上の事実によれば、本件メールはYがA社に対してフェーズ三を発注する際のYの要望を告げたという域を出ないものであって、YがXに対して新フェーズ三の発注を確約したことを示す根拠となるものでもないというべきである。そして、X代表者としても、上記のような交渉経緯を経て本件メールのコピー送信を受けたことを認識していたものであり、本件メールの内容からしても、これまでの経緯に反してA社がYやXに対して今後本件プロジェクトを続行する意向を示したことをうかがわせるものでないことは明らかであるから、Yが送信した本件メールは、XにYから新フェーズ三が発注されると誤信させるような内容ではないし、Xにそのような期待を抱かせるものともいえない。X代表者が、新フェーズ三が発注されれば、これによってこれまでの開発作業の対価を回収することが可能であると考え、そのことに期待を寄せていたと認められる……としても、Yから新フェーズ三の発注が約束されたことを前提としてXが本件覚書を締結したとまで認めることはできないから、上記のような期待は単なる期待感にすぎず、法的保護に値するものということはできない。」

まとめ等

本裁判例は、 基本契約において、多段階契約方式が採用され、かつ、各個別契約により、業務範囲、納期、納入物の明細、代金支払条件等が定まる場合には、基本契約においていわゆる一括契約方式の合意があったことはできない 旨を示した裁判例の1つと言い得ます。
一般論として、基本契約が締結したことをもって双方にそれぞれ受発注義務を負うとした裁判例もありますが、原則として、裁判例上も、基本契約のみで直ちに具体的な受発注義務が生じるものではないと考えられています。
無用な紛争を防止するために、とはいえ実際に可能かどうかはもちろんケースバイケースですが、基本契約の条項において、受発注義務の排除を明示的に定めておくことも一考に値すると考えられます。

また、本裁判例は、契約締結上の過失に関する一例としても、参考になるものと言い得ます。
具体的には、プロジェクトの続行について、これを確約していない旨を度々告げていた等の事情があった場合には、相手方に生じる期待は法的保護に値しないことを示すという意味で、相手方とのやりとりにおいて参考になるものと考えられます。

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