弁護士 野溝夏生

東京地判平成30・11・30(システム開発委託契約の成否とその判断基準)

事案の概要

本件は、本訴につき、原告(X)が、被告(Y)に対し、Yとの間ではシステムの開発及び構築等に関する契約が成立しておらず、Yに対して支払った金員はYが法律上の原因なく取得したものであると主張するとともに、仮に契約が成立したとしても錯誤により無効である、又はYの債務不履行により解除されたと主張して、不当利得返還請求権に基づき、支払済み金員の返還を求めた事案です。
また、反訴につき、Yが、Xに対し、Xとの間でシステムの開発及び構築等に関する契約が成立したがXが残代金を支払わないと主張して、当該契約に基づき、残代金の支払を求めた事案です。

時系列

H27.10.23 Y=>X、システム開発を提案
H27.11 Y=>X、見積書交付
H27.11.19 X=>Y、97万2000円を支払
H28.3頃 Y=>X、基本契約書や注文依頼書等提示
H29.6.8 X=>Y、仮に契約が成立していたならば契約を解除するとの意思表示

主な争点(一部省略)

裁判所の判断

契約の目的、内容、契約の成否

まず、裁判所は、契約の成否を判断するにあたり、次の事実を認定しました(一部省略しています。)。

そして、裁判所は、契約が成立するためには、契約を基礎づける意思表示の内容が特定されていなければならないと述べた上で、本件で問題となる契約は、意思表示の内容の特定を欠くとしました。

 「この点、契約が成立したといえるためには、当事者間において、外形的に意思表示が合致する必要があるところ、当然の前提として、当該意思表示の内容が特定されている必要がある。
 しかし、上記事実関係を踏まえても、平成27年12月8日時点でも、本件契約を基礎付ける意思表示の内容が特定されているということはできない。」

意思表示の内容の特定を欠くと判断した具体的な理由は、次のとおりです。
端的に言えば、裁判所は、Yが、Xの業務を把握しておらず、そのような状態でXに対して抽象的な提案をしたにすぎないから、契約にかかる意思表示の内容は特定されていないと述べました。

 「すなわち、同年10月23日時点では、被告からは、業務繁忙時に効率的に業務を行うためのシステムの構築や提供という提案がされたにすぎず、当該システムの具体的な内容は明確とはいい難い。この点、提案書……によれば、その内容として、X従業員がIDやパスワードを入力してログインした後、顧客別のシフト編成等を入力すると、入力したデータがサーバー内に構築されたデータベースにおいて連携され、IDやパスワードが入力された他のPCからもシフト編成表や請求書等が出力できるシステムである旨の記載はあるが、この段階で、Yが、Xの業務についてどのような書式を用い、どのようにデータを処理していたのか、業務のどの点について具体的に支障が生じていたのか等、Xの具体的な業務に即した事情を把握していたという事実は証拠上認められず、そのような、Yにおいてどのような仕様に基づいて上記システムを構築するのか全く不明な中で、結果的に上記のような処理が可能となるシステムを構築するとの提案をしたからといって、抽象的に、Xの要望に添うシステムの構築が可能であると回答したと評価できるにとどまり、意思表示の内容として具体的であるとは到底いえない。
 また、同年11月19日時点でも、見積書や請求書には、「シフト編成を効率的・効果的に行うための入力ツール」、「請求書作成システム、求職管理簿作成システム、手数料管理簿作成システム」、「上記に付随するスタッフ・お客様データのメンテナンスツール」との記載があり、その例示が多少あるのみで、やはりYがXの具体的な業務を把握した上で何らかの提案をしているとは認められず、契約の内容が特定されているとはいえない。
 さらに、同年12月8日になっても、確かに、前記のように、Yにおいて、Xの業務に関する具体的な書式や帳簿等を受領し、業務フローを聴取するなどしたことは認められるが、 本件システムの構築に当たり、同時点でのXの業務のうち、そのような書式等を踏まえ、どの点をどのような仕様に基づいて改良するのか、そのためにXにおいてもどのような点を準備する必要があるのか、具体的にYから何らかの提案がされたとはいい難い。 かえって、システムのネットワークの概要についての書面及びサーバー注文依頼書を提出して、サーバーの調達を依頼したのは、前記のとおり、平成28年3月になってからというのであるから、それ以前に、YがXに対し、システムの具体的な仕様ないしその前提となるネットワーク環境等について具体的に提案したということはできず、そのような状況において、契約内容が具体的に特定されているということはできない。
 これらの点に、 平成28年3月時点でも、ITマネジメントサービス基本契約書……が調印されず、その後も、XからYに対し、本件契約の基本的な内容についての質問とこれに対する回答……がやり取りされているといったことを併せ考えると、本件システムの構築に当たり、平成27年12月8日時点においてXとYとの間で合意があったということはできない。
 そして、Xが、Yに相談したのは、PCの故障等で困っており、また、業務の効率化のため、LAN環境の整備やOS・ウイルスソフト等の選定等、IT環境の整備を望み、現在手作業で個別に入力を行っている資料をまとめて作成できるシステムの構築を検討しているからであったことに照らすと、本件システムの構築について当事者間で合意が得られていない以上、その運用や保守といったその後の業務、その他IT環境の整備といった上記業務に付随する業務を含む本件契約全体についてその内容が特定されたということはできないというべきである。
 このように、本件システムの内容が特定できない以上、本件契約が本件システムの使用許諾を前提とするかどうか、そのことについて当事者間で合意があるといえるかどうかによって上記結論を左右しない。
 そうすると、遅くとも平成27年12月8日時点では本件契約が成立したとするYの主張は採用することができない。」

また、裁判所は、システム開発に関する契約については、システム化しようとする範囲と概要が分かる程度の特定があれば足りる旨の主張につき、これを否定しています。

 「Yは、システム開発に関する契約については、システム内容の特定に関し、システム化しようとする範囲と概要が分かる程度の特定で足りる旨主張する。しかし、システム開発であれ、契約である以上、成立した場合には相手方に強制的な履行の請求や不履行の場合の損害賠償を求められる程度に具体化されている必要があるところ、仮にYの主張する時点で契約が成立したということになれば、Yにおいても、どの範囲まで業務を行えば契約の本旨に従った債務の履行といえるのか不明なままに業務を行わざるを得ないということになってしまい、不合理な結果となることは明らかであり、Yの主張を前提としても、本件契約が成立したということはできない。」

システム開発にかかる契約であっても、「契約である以上、成立した場合には相手方に強制的な履行の請求や不履行の場合の損害賠償を求められる程度に具体化されている必要がある」 と述べたことが印象的です。

また、代金額は支払われたことについても、次のように述べ、その事情をもって契約が成立したとみるべきものとはいえないと述べています。

 「このほか、本件においては、XからYに対し、平成27年11月19日に97万2000円が支払われていることが認められるが、前記前提事実のとおり、Xは、Yから、業務の着手が入金の後であるとの説明を受けたものであり、その結果、先に上記金員を支払ったにすぎず、これをもって本件契約が成立したとみるべきものとはいえない。」

まとめ等

結果として、契約が成立していない以上、YのXに対する請求は認められず、XのYに対する請求が認められることとなりました。

契約の成否は、システム開発訴訟において頻繁に問題となる論点です。
契約書を取り交わしていれば、契約の成否で争われるリスクをある程度低減することが可能ですから、契約書の取り交わしは、契約の成否との関係で、非常に重要であると言い得ます。

繰り返しになりますが、本裁判例は、システム開発にかかる契約であっても、相手方に強制的な履行の請求や不履行の場合の損害賠償を求められる程度に具体化されている必要があると述べています。
システム開発契約には確かに特殊な面もありますが、そうはいっても、契約の成否を判断するにあたり、このことを意識する必要があると思われます。

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