弁護士 野溝夏生

東京地判平成30・11・27(案件放置と協力義務違反)

事案の概要

本件は、原告(X)が、被告(Y)との間で、Yにおいてシステム開発(既存ソフトウェアのカスタマイズ)を請け負う内容の請負契約を締結し、その代金を逐次支払ったところ、Yがその仕事を完成せず(債務不履行)、また、目的物の瑕疵により契約の目的を達成できない(瑕疵担保責任)ため、上記請負契約を解除したと主張して、Yに対し、既払代金の返還を求めた事案です。

時系列

H21.7.7 X・Y、基幹業務統合システム「建築帳」開発契約締結(合意1)
H22.9.10 Y、カスタマイズされた前記システムをXのPCにインストール
H23.1.6 X=>Y、注文書交付(合意2)
H27.5.13 X=>Y、合意1と合意2の履行を催促
H28.1.8 X=>Y、合意1と合意2にかかる請負契約解除の意思表示

主な争点(一部省略)

裁判所の判断

契約の個数及び一体性

まず、裁判所は、各合意はそれぞれ独立した別個の契約を構成するものであり、契約の個数は2つであると判断しました。
具体的な契約の性質につき、合意1は、システムの販売にかかる契約とシステムのカスタマイズの請負にかかる契約が混じった混合契約とし、また、合意2は、追加されたカスタマイズにかかる請負契約であるとしました。

 「XとYは、合意1において、建築帳に係るカスタマイズの範囲を構築概要書により特定した上で本件契約書を作成したものであり、当該範囲につきカスタマイズを完了した成果物の納品をもって、履行の完了とする旨を合意したものと認めるのが相当である。そして、Yは、平成22年9月10日に本件インストールを行い、Xは、同月16日に合意1に係る残代金を完済しているのであり、当該事実によれば、Xは、本件インストールを合意1に係る納品と認識し、その対価として上記残代金の支払を行ったものと認めるのが相当である。
 一方で、XとYは、合意1の成立後にXが追加したカスタマイズに係る要望について、上記インストールの前後を通じて、合意1の契約内容に含まれるか否かに関して協議を行い、その結果合意1の範囲外とされた事項につき、本件注文書を作成したものと認めるのが相当である。
 以上を前提とすると、XとYは、構築概要書で特定したカスタマイズの範囲を対象として契約1(建築帳の販売及びそのカスタマイズの請負契約の混合契約)を締結し、その後に提案されたXの追加要望につき契約2(追加されたカスタマイズに係る請負契約)を締結したものと認められ、契約1と契約2はそれぞれ独立した2個の契約と認められる」

次に、各契約の一体性について、裁判所は、契約1は契約2の履行が前提として初めてその契約の目的を達成し得るものとはいえないとして、これを否定しました。
なお、本件において、Xは、XがYに対して追加カスタマイズを要望し、その完成を待ってシステムの利用を開始するという判断の下、契約1に基づき納品されたシステムを利用していませんでしたが、かかる事情は、あくまでX自身の経営判断の問題にすぎないとされています。

 「XとYは、対象となるカスタマイズの範囲を構築概要書で特定した上で契約1を締結したものと認められ、これを前提とすると、契約1は、その成果物の納品により、Xの目的を達成し得ることを前提として成立したものと認めるのが相当である。
 その後、Xが追加的に要望したカスタマイズについて契約2が成立し、Xが、平成22年9月10日版建築帳の利用を開始しなかったとしても、この点は、契約2に係るカスタマイズの完成を待って利用を開始するか否かについてのX自身の経営判断の問題というべきであり、上記の判示を左右するものとはいえない。
 以上によれば、契約1が、契約2の履行を前提として初めてその目的を達成し得るものとはいえないから、契約1及び契約2が一体のものとは認められず、一方の債務不履行を理由として、他方の契約も解除することが可能であるとはいえない」

契約1にかかる仕事の完成の有無及び契約目的達成の有無

まず、裁判所は、次のとおり、契約1にかかる仕事の完成を認めました。

 「Yは、本件インストール及びこれに伴うマニュアルの交付により、Xによる検収作業等を前提として、平成22年9月10日版建築帳を、Xにおいて利用可能な状態に置いたものと認められ、当該事実によれば、Yは、契約1に係る仕事を完成したものと認めるのが相当である。」

次に、裁判所は、瑕疵の存在による契約目的の達成の有無について、Yが存在を否認した瑕疵についてはそもそもこれが存在するという証拠がないとし、また、Yが存在を認めた瑕疵については、次のように述べ、仕事の完成の有無を左右するものでもなく、契約目的を達成できないものでもないと判断しました。

 「瑕疵自体の内容及び証拠……によれば、いずれも、ボタンや項目の配置又は削除漏れ……や、プログラムの一部の設定漏れ又は不具合……であり、いずれも軽微な瑕疵であって、検収作業等を通じて、容易に修補が可能なものと認められ、これらを総合しても、仕事の完成の有無を左右するものとはいえず、また、契約の目的を達成できないものともいえない。

契約2にかかる仕事の未完成における帰責事由の有無

追加カスタマイズにかかる仕事は、Xが追加費用を支払うまでYがこれを拒絶するとしており、仕事が未完成となっていましたが、裁判所は、その原因がXの(「協力義務」という文言は使用していませんが)協力義務にあるとして、Yの債務不履行責任を否定しました。

 「契約2のようなシステム開発に係る請負契約においては、発注者であるXにおいても、開発作業の前提となる仕様の確認や、その結果提示された追加見積について、Yとの協議に応じるべき信義則上の義務を負うものと解されるところ、Xは、前記……のとおり、仕様確認の打合せにつき日程調整を怠り、さらに、Yから提示された仕様書及び追加見積書に対する回答を放置することにより、上記義務を懈怠したものというほかない。このような状況に対し、Yにおいて、契約2に係る納品時期及び支払時期に関するX代表者との協議を求めたのは当然のことというべきであるところ、Xは、当該協議についても放置し、上記仕様書の提示から約2年半が経過した平成26年12月に至って、初めて協議の再開を申し入れたものである。このような空白期間の長さに照らせば、Yにおいて、上記仕様書作成までの作業の内容を引き継いで、本件注文書と同等の条件(代金額)を前提として、契約2に係る開発作業を実施することは、客観的に見て困難なものと評価せざるを得ない。
 これに加え、契約1についても、前記……と同様に、X側の都合による日程調整の懈怠等があったものと認められること……や、前記……のとおり、上記協議再開の申入れの時点で、システム開発の前提となる原告の動作環境においても変更があったものと認められることを併せ考えると、Yにおいて、契約2に係る開発作業継続の前提として、本件注文書上の代金額を大幅に超える見積額を提示し、最終的に契約2に係る開発作業を拒絶したことにはやむを得ない事由があるものと認めるのが相当であり、Xは、当該拒絶を理由として、債務不履行に基づき契約2を解除することはできないものと解される。」

ところで、請負契約における注文者は、仕事の完成前であればいつでも、請負人の損害を賠償して請負契約を解除できるとされています(民法641条)。
そこで、裁判所は、Xによる解除の意思表示が、同条に基づく解除の意思表示であったと解した場合についても判断を行いました。
結論としては、Xが契約2に関し支払った代金は、Yが行った作業に関する代金として支払うとの黙示的な合意があったとして、契約2が解除されても、Yはその代金を返還する義務を負わないとしました。

 「以上の事情に照らせば、Yは、既に契約2に係る仕様書を完成し、一部開発作業に着手したことを前提として、既に投入した費用及び労力を仕掛分として上記の請求を行い、Xも、上記支払により上記仕掛分の存在を認めたものと解するのが相当であって、XとYの間には、上記126万円を、Yにおいて既に行った作業に関する代金として支払うことにつき、黙示の合意が成立したものと認めるのが相当である。これを前提とすると、……上記126万円は、解除の前提としてXが賠償すべきYの損害に該当し、Xは、その返還を請求できないものと解される。」

まとめ等

契約の個数や一体性、協力義務といった、システム開発トラブルではよくある争点が争われた事案です。
この裁判例自体に特段大きな価値があるというわけではありませんが、一つの裁判例としてご紹介する次第です。

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