弁護士 野溝夏生

東京地判平成30・10・12(民法641条と信頼関係の破壊)

事案の概要

原告(X)は、被告(Y)との間で締結した、対象ソフトウェアを新販売管理システム、新生産管理システムとするソフトウェア開発基本契約(本件基本契約)に基づき、上記各システムについて、要件定義・設計サービス契約、構築サービス契約、運用準備・移行サービス契約という個別契約をそれぞれ締結し、新販売管理システムについては各個別契約の成果物を被告に納品したが、新生産管理システムについては要件定義・設計サービス契約の成果物をYに納品したにとどまり、Yから、平成27年9月4日、構築サービス契約、運用準備・移行サービス契約の各個別契約を解除する旨の意思表示を受けました(本件解除)。
本件は、Xが、以上の経緯においてYのした本件解除はY側の事情による一方的な解除であるから、YにはXの損害を賠償すべき義務があると主張して、Yに対し、民法641条による損害賠償請求権に基づき、損害賠償等を求めた事案です。

民法641条 請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。

時系列

H25.4.23 X・Y、本件基本契約及び販売システムの要件定義・設計サービスにかかる個別契約(販売個別契約1)締結
H25.9.30 Y、販売個別契約1にかかる成果物の検収
H25.9.30 X・Y、販売システムの構築サービスにかかる個別契約(販売個別契約2)締結
H25.11.15 X・Y、販売システムの運用準備・移行サービスにかかる個別契約(販売個別契約3)締結
H26.1.10 X・Y、生産システムの各サービスにかかる個別契約(生産個別契約1ないし3)及び締結
H26.1.14 Y、販売個別契約2にかかる成果物の検収
H26.5.30or12.10 Y、生産個別契約1にかかる成果物の検収
H27.9.4 X=>Y、生産個別契約2及び3を解除するとの意思表示

主な争点(一部省略)

裁判所の判断

本件解除の解除原因

まず、裁判所は、本件における特徴として、Xが、Yからのヒアリングを通じて、Yの現行システムの課題を十分把握し、新たなシステムの開発を提案したことから、これらのシステムは、Yの要求する仕様等を網羅的に備え、仮にYからの仕様変更や機能追加の要求があっても、その程度は比較的軽微であって、大幅な追加発注は考えられず、大幅な開発費用の追加負担もほとんどないことが前提となっていた旨を述べました。

 「認定した事実によれば、Xは、7回に及ぶYからのヒアリングを通じてYの現行システムの抱える課題を十分に把握した上で、これらの課題を全面的に解決するシステムとして、新販売管理システム、新生産管理システムの開発をYに提案したものであったから、これらのシステムは、Yの要求する仕様ないし機能をもともと網羅的に備えたものであって、後日、Yからの仕様変更や機能追加の要求があり得るとしても、その程度は比較的軽微なものにとどまり、大幅な追加発注がないこと、したがって、これに伴う大幅な開発費用の追加負担もほとんどないものとしてYに提案されたと考えられる。」

また、裁判所は、システム開発に際しては要件定義を確定しない限り開発費用を具体的に確定し得ないという一般論を前提としても、XがYの予算的制約に配慮しなければYの発注は獲得できないとの前提に立ってYに対する積極的な営業活動を行い、かつ、当初提示額よりも1000万円以上値引きした最終提示額をYに提示してようやく受注できたといった本件の経緯からすれば、当該最終提示額は総開発費用の上限を有するものであるとしました。

 「一般にシステム開発に当たっては、要件定義を確定しない限り、その開発費用を具体的に確定し得ないとしても、……認定した事実によれば、Xは、被告の予算的制約に配慮しなければYの発注は獲得できないとの前提に立ってYに対する積極的な営業活動を行っていたことがうかがわれ、実際上も、新販売管理システム、新生産管理システムの総請負代金額としての開発費用を(当初機能を削減することなく)当初提示額よりも1000万円以上も値引きした最終提示額(5780万円)をYに提示することで、ようやく受注することができたものと認められる。このような本件基本契約の締結に至る経緯に照らせば、XとYとの間においては、上記最終提示額は、単なる開発費用の目安にとどまるものではなく、その後に締結されることが予定された各個別契約の各開発費用を定めるに当たっても、その総開発費用の上限を画する機能を有するものであって、数十万円程度の開発費用の増額を否定するものではないにせよ、各個別契約の総開発費用が数百万円単位で増額されることを許容するものではなかったと考えられる。」

なお、裁判所は、開発スケジュールについても、当初提案にかかる開発スケジュール期間が大幅に延長されることはXY間で予定されていなかったとも述べています。

 「開発スケジュールについても、……認定した事実によれば、Xのプレゼンテーションによれば、新販売管理システム、新生産管理システムの開発は2年程度で終了することが予定されていたのであって、その後の個別契約による開発スケジュールの変更がおよそ許されないものではなかったにせよ、当初の提案に係る開発スケジュール期間が大幅に延長されることは予定されていなかったと考えられる。」

さらに、裁判所は、個別契約の機能について述べ、各個別契約については契約を締結することにかかる自由がある以上、これは最大限尊重されるべきで、便宜的な理由で一方当事者が奪い去ることは本来許されないか、少なくとも十分慎重な態度で臨むべきものと述べています。
この部分は、解除原因が信義則違反であるとのYの主張の存在にかかる影響が大きいと考えられます。

 「本件基本契約において、Yは、先行する個別契約の履行状況を判断材料として後続の個別契約を締結するか否かを選択する機会が確保されており、Yにとっては、段階的な個別契約の締結という法形式の採用により、途中でシステム開発を断念した場合にも、開発に要する費用や時間をその時点での最小限度のものにとどめることができる機能を有するものであった一方、Xとしても、発注者であるYが必要としなくなった開発に費やす時間や労力を節約し得る機能を有するものであった。このような本件基本契約、販売個別契約1ないし販売個別契約3、生産個別契約1ないし生産個別契約3の法形式の果たす機能に鑑みると、Yの有する各個別契約の締結の自由は最大限に尊重されるべきものであって、これを便宜的な理由でYから奪い去ることは本来許されないか、少なくとも十分慎重な態度で臨むべきであったと考えられる。」

以上の前提に、裁判所は、Xにおける次の事情を考慮し、XとYとの間の信頼関係は破壊されていると判断した上、本件解除の原因はかかる信頼関係の破壊にあって、また当該原因に基づく本件解除は有効であり、民法641条の損害賠償請求権を発生させるものではないと述べました。

 「以上のような本件基本契約、これに基づく各個別契約の各締結に至るまでの間におけるXとYとの交渉状況、Xによる各個別契約の履行状況、Yにより本件解除がされるに至った経緯等に鑑みると、本件解除がされた平成27年9月当時、Xによる生産個別契約2、生産個別契約3の債務の本旨に従った履行はもはや期待し得ない状況にあり、XとYとの信頼関係は既に破壊されていたというべきであるから、被告による本件解除は、かかる信頼関係の破壊を解除原因とするものとして有効なものであって、原告の被告に対する民法641条の損害賠償請求権を発生させるものではなかったというべきである。本件解除の意思表示がされた書面に記載された解除理由は、もともとXの求めにより記載されたものにすぎない上、Yとしては、自己都合による解約という穏便な取引終了の体裁を取ることにより、Xとの無用な紛争を回避しようとする趣旨に出たものにすぎなかったから、上記の判断を左右する事情であるとはいえない。」

なお、Yは、解約依頼書にYの工場統合のみを解約理由として記載していましたが、裁判所は、Y側の自己都合による解約という穏便な取引終了の体裁を取って、Xとの無用な紛争を回避しようとする趣旨にすぎないと述べていることにも注目されます。
システム開発訴訟においてしばしば問題となる「謝罪」につき、裁判所はこれをさほど重視していないと考えられていますが、今回のYの解約依頼書における記載も同様に判断されたものであると言い得ます。

まとめ等

ところで、本裁判例は、民法641条に基づく解除であることまでは否定していないようにも思われます。
これを前提とすると、あくまで同条に基づく解除ではあるものの、損害賠償義務については、専ら請負人の責めに帰するべき事由によって当事者間の信頼関係が破壊されたことが解除原因であるため、注文者は請負人に対してその義務を負わない、というところでしょうか。
確かに、例えば実質的に債務不履行解除のような状況下でなされた解除については、損害賠償義務を負わせることが適当とは言えませんから、仮に本件の解除の根拠が民法641条にあったとしても、結論としては妥当かと思われます。

また、繰り返しになりますが、本裁判例は、自己都合による解約の旨の記載がある解約申入書等の交付があっても、当該事実を重視せず、むしろ「無用な紛争を回避しようとする趣旨に出たものにすぎな」いとまで述べています。
本裁判例におけるこの判示部分について、ベンダーからユーザに交付された、開発遅延等を謝罪する旨の記載がある書面については、形式上作成・交付されたものにすぎず、真意によるものではない旨等の理由から、結論には影響しない旨を述べる裁判例も多く見受けられますが、これと同様の趣旨で述べられたものと考えられます。

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