弁護士 野溝夏生

東京地判平成30・1・31(請負契約の成否)

事案の概要

本件は、原告(X)が、Aから受注したシステム開発を被告(Y)に請け負わせたが、Yがその履行を拒絶したため損害を被ったとして、債務不履行等に基づく損害賠償請求等を行った事案です。
(なお、本件には複数の請求が存在するが、請負契約の成否が争点の1つとなっており、本エントリでは、これに関するもののみを取り扱うものとします。)

時系列

H20頃 X・Y、取引開始
H25.7.1 X・Y、業務委託基本契約締結
H26.5.21 X・A、本件システムの要件定義業務にかかる請負契約締結
     X・Y、前記要件定義業務の一部にかかる請負契約締結
H26.6.19 X=>Y、前記要件定義業務にかかる見積書の提出を求める
H26.8.16 Y=>X、前記要件定義業務にかかる見積書を送付
H26.8.18 X=>Y、前記要件定義業務にかかる注文書を送付
H26.8.18頃 Y=>X、前記要件定義に基づくシステム開発にかかる見積書を送付
H26.8.19 Y、前記要件定義業務を完了
     X=>A、要件定義資料を納品
H26.9.2   A=>X、前記システム開発にかかる注文書送付
H26.9.9-H27.2.10 X・Y・A、前記システム開発の詳細設計に関する打ち合わせを実施
H27.2下旬 Y、前記システム開発から撤退

特徴

個別契約の成立に関する条項

X・Y間の業務委託基本契約には、次の条項がありました。

 「原告は、業務を被告会社に委託するときは、別に定める様式の『発注書』を被告会社に交付するものとし、被告会社が原告の申込みを承諾し、別に定める様式の『請書』を発出したときに個別契約が成立するものとする」

X・Y間には、前記システム開発以前に、別のシステム開発にかかる案件2つにかかる取引がありました。いずれの案件も、X・Y間の契約締結にあたっては、YがXに対して見積書を提出し、これを受け、XがYに対して注文書を提出していました。

裁判所の判断

なお、Yが前記システム開発から撤退した際には、機能設計・製造に取りかかる直前まで作業が進められていたほか、サーバー及びクライアントのセットアップ作業も実施されていました。
これを踏まえて、裁判所は、次のように述べ、各事情は請負契約の成立をうかがわせる事情であるとしています。

 「確かに、原告とAとの間で本件システム開発に係る請負契約が成立していること、本件システム開発につき詳細設計会議が繰り返され、被告会社が機能設計・製造に取りかかる直前まで作業が進められていたこと、サーバー及びクライアントのセットアップ作業が実施されたことは、本件請負契約の成立をうかがわせる事情であるということができる。」

ところが、裁判所は、請負契約の成立を結果としては否定しています。

 「しかしながら、以下の事実関係の下では、上記……の事情によっても、原告と被告会社との間で、本件請負契約が成立していたとまでは認めるに足りないというべきである。」

その理由は、次のとおりです。

 「すなわち、前提事実及び上記認定事実によれば、原告と被告会社との間の取引に適用される本件基本契約においては、個別契約は、原告が被告会社に対して『発注書』を交付し、被告会社が原告の申込みを承諾して『請書』を発出したときに成立する旨が定められていること、原告と被告会社との間で継続していたB案件他1件の契約締結に当たっては、いずれも、原告が、被告会社から見積書の提出を受けた上で、被告会社に対して注文書を提出していたことが認められる。
 これに対し、本件においては、上記認定のとおり、①原告は、被告会社から代金を1100万円とする本件見積書の提出を受けながら、Aとの間で上記……のとおり請負契約が成立した後も、被告会社に対して上記見積額での注文書の送付をしなかったことが認められる。そして、そのような状況で進められた作業の内容をみると、②平成26年9月9日のキックオフ会議において、本件システムの本稼働までの開発スケジュールが示された上で、同年10月に仕様確認概要書を示しての要望事項の確認作業が始められたものの、同月中に、Aから△△△のカスタマイズでは対応することのできないフロント部分の変更が要望され、同部分の開発を原告が独自に行うこととなったこと、③それによって、原告から被告会社に対して下請に出される作業の範囲が、原告がAから請け負った作業の範囲とは大きく異なることになり、上記スケジュールも大きく変更されたこと、④そのような中で、原告は、同年12月下旬頃、被告会社に対し、本件システム開発に係る請負代金の減額を求めたことが認められる。これらの経過に加え、⑤原告と被告会社との間では、その頃本件経営統合の交渉が行われており、平成27年2月下旬頃に被告会社が本件経営統合の交渉を打ち切った際にも、原告は、被告会社に対し、本件システム開発に係る請負代金を減額して契約を締結することを求めており、結局、被告会社がこれを断り、本件システム開発から撤退するまで、原告から被告会社に対し、本件システム開発の発注書が交付されることはなかったことが認められる。
 上記①ないし⑤の事実経過に照らすと、原告と被告会社との間においては、平成26年9月9日のキックオフ会議の段階では、原告が被告会社に対して下請に出す本件システム開発の内容がいまだ確定していなかったものと認められ、このような事実関係の下では、上記……に掲げた事情は、いずれも原告と被告会社との間で本件請負契約が成立することを見込んでとられた行動であったとみることができ、原告と被告会社との間で本件請負契約が成立していたとまでは認めるに足りないというべきである。」

ざっくりと要約すると、次のとおりかと思われます。
X・Y間では、注文書の送付という従前の請負契約締結に必要とされていた行為が最後までなされていませんでした。
また、新たにXが独自に開発を行う部分が生じたために下請としてのYの作業範囲とXの作業範囲が大きく異なることとなり、スケジュールも大幅に変更された等の事情から、キックオフミーティングの段階では、未だYの作業範囲は確定していなかったとの認定がされました。
そして、機能設計・製造に取りかかる直前までの作業やサーバー及びクライアントのセットアップ作業がなされていたという事情は、いずれX・Y間で請負契約が成立することを見込んでなされた行動であったとされています。
よって、X・Y間においては、未だ請負契約が成立していたとまでは認められない、と裁判所は判断しています。

まとめ

もちろん事例判断ではありますが、争点となりやすい契約の成否に関する判断を示した裁判例の1つとして、今回ご紹介しました。
個別契約の成立に関する条項が基本契約書等に定められている場合には、これに従い、契約が成立したことを明確にしておくことが、契約成立を主張する側としては重要ということになります。

なお、Xは、本件において、契約が成立していなくとも、Yには契約締結上の過失があったと主張していましたが、裁判所はこれを否定しています。
否定した理由はいくつかありますが、そのうちの1つとして、やはり個別契約の成立に関する条項に従った行為がなされていないことが挙げられています。

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