弁護士 野溝夏生

東京地判平成29・6・23(契約書がない場合の契約の成否)

事案の概要(訴えの一部のみ)

原告(X)が、被告(Y)との間で、次期基幹システム(以下「本件システム」という。)を開発する契約(以下「本件契約」という。)を締結したが、Yが一方的に本件システムの開発を中止したと主張して、Yに対し、主位的に、Yにおいて完成させた本件システムの引渡しを求め、予備的に、債務不履行又は不法行為に基づき、本件システムの開発を中止したことによって被った損害の賠償を求める等した事案です。
なお、YはJR九州システムソリューションズ株式会社です。

時系列

H21.12.24 X=>Y、次期基幹システム構築に関して提案依頼書を交付
H22.1.15 Y=>X、提案書を交付
H22.1.29 X=>Y、発注内示書を送付
H22.1.30 Y=>X、前記発注内示書に基づく発注を受託する旨の記載のみある発注応諾書を交付
H22.2.19 X=>Y、「次期基幹システム構築の正式発注を開発価格の合意を踏まえ、本年4月に行うことと致しますので、これをお伝えします。」等を記載した書面を送付
H22.2.19 Y=>X、前記書面に記載のあった、価格合意後に増額をしない等を了承した旨を記載した書面を送付
H22.3.25 Y=>X、要件定義フェーズ完了報告及び要件定義書提出
H22.4.2 X=>Y、発注書を送付
H22.4.5 Y=>X、「この度は、『次期基幹システム構築発注書』を賜りまして、誠にありがとうございます。X様の次期基幹システム構築のご発注をお受け致します。」及び前記発注書の条件を了承した旨を記載した発注応諾書を提出
H22.5.17 Y=>X、契約期間及び契約金額を空白にしたシステム開発請負契約書送付
H22.7.6 Y=>X、追加変更部分を含めた本件システム開発費用の見積額を提示
H22.7.7 Y=>X、契約期間及び契約金額を埋めたシステム開発請負契約書を送付
H22.8.27 Y=>X、本件システムの開発を断念する旨を記載した書面を送付

以上のとおり、YからXに契約書は送付されていたものの、双方の記名押印等があったわけではなく、本件においては法的拘束力を生じさせるという意味で有効な契約書が存在していません。

なお、平成22年4月28日から平成22年8月18日までの間、ステアリングコミッティや打ち合わせ等が行われていました。
また、当初からその中で、XとYとの間で要件について認識の齟齬があったことや、要件の変更があったことが、進捗が遅れていることの原因である旨のやりとり等がなされていました。

主な争点(一部省略)

裁判所の判断

裁判所は、発注書及び発注応諾書が取り交わされるまでの経過にかかる事実を次のように指摘した上で、XとYとの間では、平成22年4月5日、本件システムを開発する旨の契約が成立したと認めるのが相当である旨を述べました。

やや長いですが、経過がコンパクトにまとまっているので、まとめて引用します。

 「ア  Xらは、次期基幹システムの導入に当たっては、契約の発注前に、開発対象機能を言語でもって特定する要件定義のための要件確認作業を実施し、契約内容をより明確化した上で、最終見積金額を提示させ、それによって発注するか否かを判断することとし、もって事後の増額要求等を防止することにした……。
 イ そこで、Xは、本件提案依頼書において、〈ア〉平成22年1月15日までにシステム開発業者から提案価格の見積りを提示させる、〈イ〉要件確認を同年3月末までに行い、要件確認を踏まえて同月末に1回に限り、価格の変更を認めるというシステム開発スケジュールを提示した……。
 ウ YがXに平成22年1月15日に提出した本件提案書には、同年2月から3月にかけて要件定義を行い、終了時に機能数を確定して、同月末に費用の再見積もりを行う旨が記載されていた……。
 エ Xは、Yに対し、平成22年2月19日、〈ア〉次期基幹システム構築の正式発注を開発価格の合意を踏まえて同年4月に行う旨を伝え、〈イ〉同年3月末に最終提案された開発価格をその後に増額しない、〈ウ〉平成23年4月に次期基幹システムを稼働するまで途中停止しないことを約束するよう求めた……。
 オ 上記エを受けて、Yは、Xに対し、平成22年2月19日、〈ア〉開発価格の合意に至った場合には、その後当該価格を増額しない、〈イ〉開発価格の合意後、システム稼働までに途中で停止しないことを了承した旨を記載した書面を送付した……。
 カ Yが平成22年3月25日にXに提出した要件定義フェーズ完了報告には、次期基幹システムの最終見積金額が1億3800万円である旨が記載されていた……。上記最終見積金額は、本件システム全体の構築に係る費用を指していた。
 キ Xが平成22年4月2日にYに送付した本件発注書には、〈ア〉上記カで最終提示された開発価格から途中増額しない、〈イ〉平成23年4月初めに本件システムを稼働開始するまで途中停止しない、〈ウ〉本件システムの機能について平成22年3月末までに行われた要件確認の機能を全て充足し、要件の切り崩し又は先送りを行わないことを条件として、本件システムの開発を被告に発注する旨が記載されていた……。
 ク Yが平成22年4月5日にXに提出した本件発注応諾書には、上記キ〈ア〉から〈ウ〉までを条件とすることを了承する旨が記載されていた……。
 ケ XとYが平成22年4月5日に開催したキックオフミーティングにおいて、Yは、Xに対し、次期基幹システム構築プロジェクト計画書を提出した。同計画書には、基本設計書の作成から総合テスト完了までの全工程が記載されていた……。同計画書は、その内容からすると、基本設計に限っての開発計画ではなく、次期基幹システム構築全体についての開発計画を記載したものである。」
 「上記……によると、XとYとの間で、平成22年4月5日、開発費用を1億3870万円、納期を平成23年1月末日として、本件システムを開発する旨の本件契約が成立したと認めるのが相当である。」

Yは、本件契約は多段階契約が前提であって契約の種類(請負or準委任)に合意がなかったことや、契約書が作成されていないこと、本件システムの機能数の合意がなかったこと等の事情から、XとYとの間の交渉は契約が成立し得る程度まで成熟していなかったと主張していました。

もっとも、裁判所は、まず、多段階契約が前提であったという点については、大規模なシステム開発では多段階契約が適していることを認めた上で、Yが要件確認を経ることによって本件システムの全体像を把握することができたことや、開発価格の不増額等の条件についてYも了承していたと考えるのが自然かつ合理的であること等の理由から、Yが要件定義書を提出した平成22年3月25日の時点では、Yは本件契約が多段階契約であることを前提としていなかったとしました。
次に、契約書が作成されていない点については、前記経過の下では本件契約の成立を否定する事情とは言えないと端的に述べました。
また、機能数の点については、要件定義確定後にその要件の範囲外の追加変更をXが求めたのは5つにすぎず、その余は要件の範囲内の機能であると述べています。
さらに、裁判所は、次のように、XとYとの間で要件についての協議が奏功しなかったのは、Yが要件範囲外だと主張していた部分のほとんどが要件の範囲内であったにもかかわらず、これが要件外であるとの誤った判断に固執したためであるとまで述べています。

 「XとYとの間で、要件について協議を尽くした結果、平成22年8月18日に至って、Yが要件定義確定後のXによる要件の追加、変更に係る主張を撤回したが、撤回までに4か月余りの時間を要したのは、Yの主張に係る要件の追加、変更のほとんどが要件定義で定義された要件の範囲外の機能の追加、変更には当たらないにもかかわらず、Yがそれに当たるという誤った判断に固執したためである。」

まとめ等

本裁判例は、契約書がない場合にも契約の成立が認められたケースに関する一事例として、その価値があるものと考えられます。

契約が成立するためには、誤解を恐れずにざっくりと言えば、契約当事者となる者の双方が法的に拘束される対象が明らかとなった上での合意が必要であると言い得ます。
そうでなければ、各当事者における具体的な権利や義務の内容が明らかではなく、法的に強制することができないからです。
本件では、発注書及び発注応諾書のやりとりまでの間、要件定義段階においてなされる3月末のYからの再見積額が開発価格になることの合意がなされていたと言い得ることや、提案依頼書の段階から納期の記載がなされていたこと等を踏まえ、発注書及び発注応諾書の取り交わしをもって、両者の間で契約が成立したと言い得る程度までその合意内容がかたまっていたとされました。

もちろん、契約の成否を立証する上で、契約書を取り交わした事実の存在は非常に大きな意味を有しますから、可能な限り、契約書の取り交わしを行うべきです。
しかし、契約書の取り交わしがないからといって、契約が成立しないことには必ずしもなりませんから、この点は忘れてはならないと考えられます。

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