弁護士 野溝夏生

東京地判平成29・2・3(システム開発遅延と取締役等役員の責任)

事案の概要

旧原告(X)が、A社との間で、Xが使用する新しい基幹システムの開発請負契約を締結したが、A社が開発期限までに同システムを完成させなかった債務不履行により損害を被り、A社に対してかかる債務不履行に基づく損害賠償請求権を取得した後、同請求権の債権譲渡を受けた新原告(厳密にはX'。ただし、以下ではXと表記することとします。)が、A社の代表取締役である被告1(Y1)及び取締役である被告2(Y2)に対し、被告らは前記債務不履行について職務遂行上の悪意又は重大な過失によりXに損害を被らせたとして、会社法429条1項に基づき、損害賠償を請求した事案です。

Yらは、システム開発契約の締結や基幹システムの開発に直接関与していました。
Y1は、システム開発契約に関し、X担当者とやり取りを行って基幹システムの仕様を確認したり、X担当者とミーティングを行い、仕様の確認や進捗状況の説明を行ったりしていました。
Y2は、本件システム開発契約に関し、Xに対する営業を担当し、同契約締結後もXとの会議に出席していました。

会社法429条1項とは

会社法429条1項は、会社の行為によって損害を被った第三者を保護する目的で置かれた規定です。

具体的には、取締役等の役員が悪意又は重大な過失により会社に対する義務に違反し、よって第三者に損害を被らせたとき、取締役の任務懈怠行為(会社に対する義務違反行為)と第三者の被った損害との間に相当の因果関係のあるかぎり、取締役等の役員が直接第三者に対して損害賠償責任を負うとする規定となります(最大判昭和44・11・26民集23-11-2150)。

注意点としては、会社の行為によって第三者に損害を被らせた場合であっても、直ちに取締役等の役員までが損害賠償義務を負うわけではありません。
本判決を先取りしていえば、会社にとって現実的な履行可能性がないと認識し、または容易に認識できたにもかかわらず、相手方と当該内容の契約を締結した場合には、損害賠償義務を負うことがあり得るということになります。

会社法429条 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
2 (略)

時系列

H22.3.8 X・A、先物取引用システム開発等に関する契約書及び覚書①を取り交わす
H22.3.15 X・A、前記開発等に関する覚書②を取り交わす
H22.6.30 覚書②により定められたシステム設置予定日
H22.8.2 X=>A、履行遅滞による契約解除の意思表示
H26.9.10 東京地裁、X=>Aの損害賠償請求にかかる反訴を認容

主な争点(一部省略)

裁判所の判断

基幹システム開発合意の成否

裁判所は、まず、Xがコストダウン及び営業収益増大を目的とした基幹システムの変更を検討していたこと、Y2が基幹システム開発を受託できる旨を告げ、その際にXに交付したパンフレットには、フロントシステムとバックシステムの双方を含むサービスを提供する旨が記載されていたこと、A社が段階的に基幹システムを変更していくことの提示をしていたこと等を認定しました。

 「Xは、Bが提供する旧基幹システムのコストが高く、経営を圧迫していたため、そのコストダウンを図るとともに、国内外の顧客へのサービスを拡充して営業収益を増大させることを目的として、平成21年ころ、旧基幹システムを廃止して新基幹システムを開発することを検討していた……。
 A社の取締役であったY2は、同年11月ころ、脱退原告に対して営業活動を行い、低コストで商品先物取引に関する基幹システムの開発を請け負うことができる旨を告げた……。この営業活動に際し、Y2がXに交付したパンフレット……は、ASPパッケージシステムに関するものであったところ、このシステムは、フロントシステムとバックシステムの双方を含む広範なサービスを提供するものとされていた。
 Y2は、同年12月15日、Xに対し、本件計画資料……を送付したところ、この計画資料の内容は本件パンフレットの内容に沿うものであり、A社は、この資料において、旧基幹システムをいくつかの段階を経て新基幹システムに切り替えていくことを提示していた……。」

次に、裁判所は、Xが旧基幹システムを提供していたB社に対して同年6月中に基幹システムの切り替えを行うことを検討している旨を説明したことや、Xの取締役会議案事項において、同年7月からA社開発の基幹システムの単独稼働を想定とする旨の記載があった等の事情から、①Xが、ミドルシステムとバックシステムを含んだシステム全般について、A社が開発する基幹システムに変更することを意図してA社と契約交渉を行い、A社もこれを認識していたこと、②XがA社に対して基幹システムの切替時期を同年6月末にしたい旨を伝えて交渉し、その実現を前提として本件覚書②を取り交わしたことを認定しました。

 「Xは、ミドルシステムとバックシステムを含むシステム全般について旧基幹システムから新基幹システムに変更することを意図して、A社とシステム開発に関する契約交渉を行い、新基幹システムに必要な機能を示すこと等でその意図を被告に表示していたこと、A社は、Xの意図を認識して新基幹システムの開発範囲や仕様を確定する作業を進めていたこと、Xは、A社に対し、新基幹システムへの切替えの時期を同年6月末にしたい旨を伝えて交渉し、それを実現することを前提として、本件月額費用の前払い等の内容を含む本件覚書②を取り交わしたことが認められる。」

また、裁判所は、Y1がX担当者に対して「今後の開発予定」として「7月1日本格稼働」と記載されたメールを送信していたこと、X担当者がY2に対して「7月からのリリースは絶対死守という事で宜しくお願い致します。」と記載されたメールを送信していたこと、本件システム開発契約における開発期限の前日である平成22年6月29日にA社がXに対して送付した書面に、バックシステムを含むシステム開発が遅延している旨及びXに対して謝罪をする旨の記載があったことから、Xが、システム開発契約締結後も、同年7月に基幹システムを切り替えることを前提に準備を進め、これをA社にも告げており、Yらもこれを認識していた旨を認定しました。

 「Xは、本件システム開発契約締結後も、平成22年7月に旧基幹システムから新基幹システムへ切り替えることを前提に準備を進め、そのことをA社に告げており、Yらもそのことを認識していたものと認められる。」

以上の点を踏まえ、裁判所は、XとA社との間には、システム開発契約締結時において、新基幹システムを平成22年6月末までに開発する旨の合意が成立していたとしました。

 「本件システム開発契約締結前において、Xは、ミドルシステムとバックシステムを含むシステム全般について旧基幹システムから新基幹システムに変更することを意図して、A社との間で新基幹システムの内容等について協議を行い、A社もその意図を認識していたこと、Xは、本件システム開発契約締結後も、平成22年7月に旧基幹システムから新基幹システムへ切り替えることを前提に準備を進めており、Yらもそのことを認識していたことと,証拠……を総合すると,XとA社との間には、本件システム開発契約締結時において、新基幹システムを平成22年6月末までに開発する旨の合意が成立していたと認めることができる。」

なお、Yらは、いくつかの反論を行っていましたが、結果として、裁判所はいずれの反論も認めませんでした。
一部省略しますが、Yらが行っていた反論等については、次のとおりとなります。

まず、契約書等の記載内容等について、裁判所は、契約書にミドルシステム及びバックシステムの開発については明記がないこと並びに計画資料においては旧基幹システムの新基幹システムへの移行を一挙に行うことを提案してはいなかったことは認めつつも、①計画資料の交付後の協議によって契約締結時点では平成22年6月末までに基幹システムを移行することが決定されていたことや、②基幹システムを移行する以上ミドルシステム及びバックシステムの開発も契約書作成の上での前提となっていた旨等を述べ、Yらの反論を退けています。

 「Yらが指摘するとおり、本件契約書……、本件覚書①……及び本件覚書②……には、契約内容として、ASPパッケージシステムの開発及び使用許諾、オムニバストレードシステム及びオンライントレードシステムの開発の記載があるのみであり、ミドルシステム及びバックシステムの開発については明記されていないこと、本件計画資料……においては、旧基幹システムを段階的に新基幹システムに切り替えていくことを提示しており、旧基幹システムの新基幹システムへの移行を一挙に行うことを提案してはいなかったことが認められ、Yらは、これらを根拠として、本件システム開発契約締結時には、新基幹システムを開発する旨の合意は成立していなかったと主張し、Yらの供述中にはこれに沿う部分がある。
 しかし、……本件覚書②の内容のうち、XがA社に対し、平成22年7月から同年12月までの本件月額費用を前払いする点は、XとA社が同年6月末までに旧基幹システムから新基幹システムに切り替えることを前提にして交渉をした結果盛り込まれたものであることからすると、XとA社は,本件計画資料を送付した時点には新基幹システムに段階的に移行することを計画していたが、その後の協議を経て、本件システム開発契約締結時には、同年6月末までに移行することを決定したものと認められるから、本件計画資料の記載内容は、上記の認定を左右するものとはいえない。また、本件契約書、本件覚書①及び本件覚書②には、ASPパッケージシステムの使用許諾とそれに付随するオムニバストレードシステム及びオンライントレードシステムの開発のみが記載されているが、これは、A社がASPパッケージシステムを中核としてバックシステムを含む広範なサービスを提供することを内容とする本件パンフレットを用いて営業活動を行い、それを基に本件計画資料を作成し、協議を行ったことに由来し……、Xは、旧基幹システムの機能が本件契約書等に記載されたASPパッケージシステム等によってカバーされたと考え,上記のとおり、同年6月末までに新基幹システムに切り替える前提で本件契約書等を作成したと考えられる……から、ミドルシステム及びバックシステムの開発について記載がないからといって、これらの開発について合意がなかったということはできず,上記のY1の供述及びYらの主張は採用できない。」

次に、開発費用の点について、裁判所は、あくまで前払額について合意がなされていたにすぎず、支払総額が確定したとまではいえないから、開発にかかる合意があった旨の認定は不合理とはいえないとして、Yらの反論を退けています。

最後に、履行期限経過後の仕様変更等につき、裁判所は、そもそもXは仕様変更を指示していたのではなく、当初の計画に基づいたやりとりがなされていたのであって、システム完成のためにXが協力を続けることは不自然ではないとして、Yらの反論を退けています。

X等の責任の有無

Yらは、基幹システムが開発できなかったのは、XがA社に対して、新基幹システムの内容、開発代金額及び開発期限を決めずに新基幹システムを構成する各システムの開発を五月雨式に発注し、仕様等の変更を繰り返し、開発に必要な資料や情報を適時に開示しなかったためであって、Xに責任があり、Yらに任務懈怠はなく、任務懈怠について重過失もない旨を主張していました。

この点につき、確かに、Xは、仕様の一部変更や追加開発要望等を複数回にわたって行っていました。
もっとも、裁判所は、仮に、Xによる仕様変更等によって開発遅延が生じたのであれば、①仕様変更の指示等の時点で、開発期限の変更の申入れ等を行うのが自然であるにもかかわらず、そのような事実はなく、②かえって期限前日にA社がXに対してA社の見込みが甘かったために遅延した旨の謝罪を行っていた等の事情から、Xによる仕様変更等は大きく開発に影響するものではなかったか、原因はA社にあった旨を判示しました。

 「もっとも、仮に、Yらが主張するとおり、Xが新基幹システムを構成する各システムの開発を五月雨式に発注し、仕様等の変更を繰り返し、開発に必要な資料等を適時に開示しなかったために新基幹システムの開発が遅延したのだとすれば、変更指示や情報開示の遅延があった時点で、A社からXに対し、開発期限変更の申入れなど何らかの反応があるのが自然であると考えられる。しかし、平成22年6月28日、Y1からFに対し、カットオーバー……の時期の変更を申し入れていること……を除き、A社からXに対し、開発期限変更の申入れ等がされた事実は窺われず、かえって、A社は、開発期限直前である同月29日に至り、Xに対し、システム開発の遅延を詫びるとともに、その原因について、『弊社として、開発への負荷の見込みが甘すぎました。重ねてお詫びします。実際に開発する上で、予定以上に時間を要してしまったところがあります。』、『弊社が御社に必要な仕様・データの請求が遅くなってしまった箇所があります。』などと説明する書面……を作成して交付している。そうすると、上記……の事情が新基幹システム開発の遅延に大きな影響を与えたとは認められず、また、上記……事情は、主にA社からXに対する情報提供の請求自体が遅れたことによるものと認められる。」

そして、裁判所は、次のとおり述べ、Yらには任務懈怠が認められ、かつ、故意又は重過失があった旨を認定しました。
すなわち、Yらは、Xに損害を生じさせないよう現実的な履行可能性がある契約を締結するとともに、契約締結後は期限までに新基幹システムを完成させることができるよう契約の遂行を管理・実現すべき職務上の注意義務を負っていたところ、本件システム開発契約の締結時において、A社が上記期限までに新基幹システムを開発することは事実上不可能であることを認識し、または容易に認識できたにもかかわらず、そのことを告げずに、Xとの間で本件システム開発契約を締結し,期限までに新基幹システムを完成させなかったのであって、取締役としての現実的な履行可能性がある契約を締結する任務を懈怠したものであり、任務懈怠について故意又は重過失があった、としました。

 「Yらは、本件システム開発契約の締結及びその履行に直接関与する取締役であったから、Xに損害を生じさせないよう、現実的な履行可能性がある契約を締結するとともに、契約の締結後は、開発期限までに新基幹システムを完成させることができるよう、契約の遂行を管理・実現すべき職務上の注意義務を負っていたものである。
 本件においては、……XとA社との間には、本件システム開発契約締結時において、新基幹システムを平成22年5月末までに開発する旨の合意が成立していたと認められるところ、……A社は、期限までに新基幹システムを完成させることができなかったばかりか、正常に機能する仕掛品すら引き渡すことができなかったこと、Y1自身、新基幹システムの開発を上記期限までに開発することは不可能であったと自認していること……からすると、本件システム開発契約の締結時において、A社が上記期限までに新基幹システムを開発することは事実上不可能であり、Yらは、その事実を認識し、あるいは、容易に認識できたにもかかわらず、そのことを告げずにXとの間で本件システム開発契約を締結し、期限までに新基幹システムを完成させなかったことが認められる。
 (中略)
 そうすると、Yらは、いずれも、上記の取締役としての現実的な履行可能性がある契約を締結する任務を懈怠したものであり、任務懈怠について故意又は重過失があったといえる。」

A社による謝罪

ところで、裁判所は、Yらの任務懈怠の有無を判断するに際し、A社による謝罪があったことに触れています。

ベンダーからユーザに交付された、開発遅延等を謝罪する旨の記載がある書面は、形式上作成・交付されたものにすぎず、真意によるものではない旨等の理由から、結論には影響しない旨を述べる裁判例も多く見受けられます。

その一方、本件において裁判所は、謝罪文等の内容は、開発遅延についてA社に責任があることを認めるものである旨の認定を行っています。

 「Yらは、上記書面(註:謝罪する旨を含む書面)について、当初は『仕様の変更と追加の開発があったため。』と記載していたが、これを見たFから記載内容の変更を求められて作成したものであり、その記載内容を信用することはできない旨主張し、上記書面を作成したY1も、これに沿う供述をしている……。
 しかし、上記書面の内容はシステム開発の遅延についてA社に責任があることを認めるものであり、このような書面を作成すれば、後にこれを根拠に損害賠償等を請求されることは容易に予測し得ることからすると、仮にXから求めがあったとしても,Y1がこのような内容の書面を作成して交付するとは考え難い。」

一般論として、裁判所は、多くの場合、謝罪文等が出されることとなった経緯を把握した上で、謝罪等をさほど重視せずに、結論を導いているとされています。
その理由は、形式的に謝罪を行った上で、プロジェクトを進行させることはよくあることであり、これを裁判所も理解しているからであるとされています。
とはいえ、だからといって謝罪を行っても何ら問題がないということになるわけでもありません。謝罪をするかどうか、するにしてもその内容をどのようにするかは、慎重に決められるべき事項であるといえます。

まとめ等

想像に過ぎませんが、本件は、システム開発訴訟において、ユーザーがベンダーに対して損害賠償請求を求め認容判決を得たものの、ベンダーに資産がなく、回収可能性がなかっため、代表取締役と取締役に対して損害賠償請求を行った事案であると考えられます。
代表取締役と取締役に対する損害賠償請求、本件でいえば会社法429条1項に基づく損害賠償請求ですが、これが認められるか否かはケースバイケースであるとしても、ベンダーとしては、その役員等が損害賠償責任を負う可能性もないではないという認識の下、現実性のない契約は締結しない等のリスク回避を行うことが必要と言い得るでしょう。

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