弁護士 野溝夏生

東京地判平成29・11・21(仕様の大幅変更と仕事の未完成)

事案の概要

本件は、原告(X)が、被告(Y)に対し、XがYから請け負ったゲームのソフトウェア開発の請負契約に基づき、未払の業務委託料等の支払を求めた事案です。

後記個別契約によると、当初、成果物はα版、β版、マスタ版、リリース版と4段階に分けて納品されることになっていました。
また、委託料に関しても、各段階で均等に4分割されており、各成果物についてYの顧客の承認がなされたことをもって、これがXに支払われることとなっていました。

α版

Xによって制作途中のα版は、Yの依頼者から「想像以上!」との評価を受けるものでしたが、実際に提出されたα版は、実装要件とされていた一部の動作が実装されていない状態でした。

β版

α版の提出後も具体的な仕様は確定していませんでしたが、Xが確定を要求した項目のすべての仕様が確定されることはありませんでした。
また、XがYにβ版の実装内容を尋ねたところ、なるべくβ版に搭載可能な期間に納めてもらえるようスケジュール調整をする旨を返答していました。
さらに、Yは、もともと設計書になかった機能の追加を求め、Xもこれに応じていましたが、この頃になると、ゲームの仕様が大幅に変更され、その程度も、当初は冒険ゲーム要素の強いゲームであったのに、アクションゲームの要素が強くなるなど、ゲームジャンル自体に影響がでてくるほどでした。
Xによって提出されたβ版の暫定版は、Yから「かなり進めて頂いてて感服しております!」などと言われるようなものでした。

ところで、β版の作成中、YがXに対してXのエンジニアの追加依頼をしたため、XとYは、追加契約を締結することになりました。

マスタ版(プレイアブル版(1))

XとYとのやりとりの中では、β版の次のバージョンはマスタ版となっていましたが、YとYの依頼者とのやりとりの中では、プレイアブル版を製作することとなっていたため、Yは、Xに対し、設計書に記載のなかった新たな仕様を追加した、プレイアブル版の実装要件を提示しました。
また、これに併せ、プレイアブル版につき、優先度の高いものをプレイアブル版(1)として製作し、続いてプレイアブル版(2)を製作することとなっていました。

Xは、プレイアブル版(1)の実装要件のうち、Xによる製作部分についてはすべて実装し、これをYに提出しました。

リリース版(プレイアブル版(2))

Xは、プレイアブル版(2)の実装要件のうち、Xによる製作部分についてはすべて実装し、これをYに提出しました。
これに対し、Yは、Xに対し、Xから提出されたプレイアブル版(2)の一部について修正依頼をしました。
このように、この時点では、ゲームは完成に至っていませんでした。

体験版(新プレイアブル版)

Yは、Xに対し、プレイアブル版の次のバージョンとして体験版を製作するため、プレイアブル版からの改修部分工数を出すよう依頼しましたが、この時点では、体験版の仕様につき、その詳細が確定していない部分がありました。
また、Yは、Xに対し、仕様確定は困難である旨を伝えたほか、その後、Yの依頼者からゲーム製作自体を打ち切られたため、結局ゲームは完成しませんでした。

時系列

H27.2.10 X・Y、ゲームのソフトウェアの開発業務等委託にかかる基本契約締結
H27.2.10 X・Y、基本契約に基づく個別契約締結
H27.2.10 X=>Y、α版提出
H27.4.24 X=>Y、β版提出
H27.5.15 X=>Y、プレイアブル版(1)提出
H27.5.29 X=>Y、プレイアブル版(2)提出
H27.9.30 X=>Y、基本契約及び個別契約を解除するとの意思表示並びに未払業務委託料の支払を催告

主な争点(一部省略)

裁判所の判断

α版の完成の有無

裁判所は、要旨次の事実を指摘した上で、α版は完成しているとしました。

 「以上の事情を総合的に考慮すると、Xは、α版として予定されていたものの製作工程自体は完了していること、Yも、Xが提出したα版完成版について一定の調整を求めたものの、その後は、α版の次のバージョンとされていたβ版の製作に移行しており、α版の業務委託料も、これを支払うことを当然の前提としていた態度を取っていたことが認められる一方で、Y代表者も、本人尋問においてα版が完成していないとする理由を具体的に述べることができていなかったことも合わせ考えると、Yは、Xから提出されたα版を完成品として捉えていたことが優に認められる。」

β版の完成の有無

裁判所は、要旨次の事実を指摘した上で、β版は完成しているとしました。
なお、その中で、XとYとの間では、ゲーム内容及び仕様変更に伴い、β版については仕様書に記載されたすべての機能を含んだ成果物を製作することが契約内容となっていたものではなく、YがXに指示した内容を含む成果物を製作することが契約の内容となっていたものと認定されています。

 「以上の事情を総合的に考慮すると、本件個別契約を締結した当初は、β版は、本件設計書に記載された機能を全て含むことを予定されていたものの、実際の製作過程において、Yとその発注者であるメディア工房との協議により、本件ゲームの内容及び仕様自体が変化していったことに伴い、XとYの間では、β版を本件設計書に記載された全ての機能を含んだものとするのではなく、製作当時、Yがメディア工房との協議に沿ってXに指示した内容を含む成果物をβ版として製作することに変更することに合意したものと認められ、これに反する的確な証拠はない。
 そして、前記認定事実によれば、Xは、β版の作成当時に指示された項目を含む成果物を提出し、Yも、これに対して、修正や追加を求めることなく次の版であるプレイアブル版の製作に移行し、その後も、β版について、要求されたものが完成していない旨を述べたことはなかったことが認められるから、Yにおいても、当時のβ版を完成したものとして認識していたものと優に認められる。」

なお、Yは、基本契約の次の条項に基づく契約変更の手続がとられていないことから、契約内容に変更はない旨を主張していましたが、裁判所は、同条項は基本契約の業務内容の変更に関する条項であって、基本契約の業務である「ソフトウェア開発業務及びこれに付帯関連する業務」が変更されたものではないから、Yの主張は結論に影響しない旨を述べました。

基本契約書第1条抜粋
・委託内容
 ソフトウェア開発業務及びこれに付帯関連する業務
・契約内容の変更
 上記業務内容を変更する必要が生じた場合には、X及びYの事前の協議の上、双方の代表者によって署名、捺印された書面にて変更することができる。

プレイアブル版(マスタ版及びリリース版)の完成の完成の有無

裁判所は、要旨次の事実を指摘した上で、プレイアブル版は完成しているとしました。

 「以上の事情を総合的に考慮すると、プレイアブル版は、本件個別契約締結当初は想定されていなかったものであるが、既に判示したとおり、Yとメディア工房は、本件ゲームの製作過程で、その内容や仕様を大幅に変える協議を行い、その中で、マスタ版やリリース版ではなく、プレイアブル版の製作を決定したこと、これに伴い、XとYは、新たな契約を締結することのないまま、β版に引き続いてプレイアブル版の製作に入っていること、プレイアブル版の提出期限が、本件個別契約のマスタ版及びリリース版の提出期限に概ね合わせる形で設定されていること、以上の事実が認められ、これらの事情に照らすと、XとYとの間では、本件個別契約に基づいてマスタ版及びリリース版を製作する代わりに、プレイアブル版を製作することに合意していたものというべきであり、これに反する的確な証拠はない。
 そして、前記認定事実によれば、Xは、プレイアブル版の実装要件として指示された項目を含む成果物を提出し、Yも、これに対して、一定の修正を求めただけで、プレイアブル版の次の版である体験版の製作の話に移行し、その後も、プレイアブル版について、要求されたものが完成していない旨を述べたことはなかったこと、その後、Y代表者を含めたY担当者らは、Xに対し、業務委託料の支払が遅れたことを謝罪するなどの態度に出ていることが認められるから、Yにおいても、X提出にかかるプレイアブル版を完成したものとして認識していたものと優に認められる……。
 よって、Xは、マスタ版及びリリース版に相当する成果物を完成させたものと認めら」れる。

まとめ等

本件は、当初の設計書上の仕様からは大きく仕様変更のあったゲームの開発について、開発自体が頓挫してゲームが完成しなかったほか、設計書上の仕様にかかる機能が実装されていなかった場合においても、仕事の完成を裁判所が認めたという事案になります。

本件でもそうですが、システム開発、ソフトウェア開発では、契約時には目的物の詳細が確定しておらず、開発過程においてだんだんとこれが確定していくのが通常かと思われます。
Xは、本件における契約はアジャイル開発であると主張したようですから、よりその色彩が強かったのではないかとも思われます(ただし、契約類型が請負契約であることに争いはなかったようです。)。

システム開発、ソフトウェア開発の実務においては、仕様確定につき、前記のような特徴があり、とりわけアジャイル開発であれば、より一層その特徴が顕在化するわけですから、いずれの当事者においても、契約締結以後のやりとりを客観的な形で残しておくことが重要であると言い得ます。

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