弁護士 野溝夏生

東京地判平成28・11・30(ユーザーの協力義務の程度)

事案の概要

本件(本訴)は、被告(Y)との間で原告(X)の事務処理用コンピューター・ソフトウェアのシステムの開発等の請負契約を締結するとともに、当該システムを作動させるためのソフトウェア及びハードウェアをYから購入する旨の売買契約を締結したXが、上記請負契約に基づくYの債務に履行遅滞があり、それを理由に上記請負契約及び売買契約を解除したなどとして、Yに対し、履行遅滞による損害賠償請求権等に基づき、支払済みの請負報酬及び売買代金相当の合計にかかる金員の支払を求めた事案です。

時系列

H23.6.23 X・Y、Xの事務処理用コンピューター・ソフトウェアのシステムの開発等にかかる請負契約締結
H23.10.11 X・Y、請負業務の納期を平成24年4月23日とするとの合意
H23.10頃 X・Y、新システムを作動させるためのソフトウェアにかかる売買契約を締結
H23.11頃 X・Y、新システムを作動させるためのハードウェアにかかる売買契約を締結
H25.4.1 X=>Y、請負契約上の債務履行の催告及び同月8日が経過を条件とする同契約を解除するとの意思表示
H25.4.26 X=>Y、各売買契約を解除するとの意思表示

主な争点(一部省略)

裁判所の判断

Yの請負契約に基づく債務にかかる履行遅滞の有無

Xは、Yの債務不履行(履行遅滞)につき、いくつかの主張を行っていましたが、裁判所は、データ移行にかかる債務の履行遅滞の有無についてのみ触れ、その履行遅滞を肯定しました。

具体的には、まず、本件請負契約に基づく義務として、Yには、Xが旧システムで保有していたデータにつき、これを新システムに移行し、新システムで使用できる状態とする義務をYは負っていたとした上で、データ抽出及びデータ移行はYが担当し、又はYが主体となって進めることが合意されていたとしました。
また、Yは、Xからの旧システムの運用にかかる説明を受け、データ移行に際し、データ不整合が生じ得ることを認識し、Xの保有するデータを新システムで使用するためには、データ不整合を解消する必要があると考えていたものと認定しました。

これらを踏まえ、裁判所は、Yの債務につき、請負契約に基づき本件旧システム上のデータを本件新システムに単に移行させることにとどまらず、移行したデータにより本件新システムを稼働させる債務をも負い、具体的には、移行対象データを分析し、移行に際する障害となり得るかを検討し、障害となる場合には、データ不整合を是正解消する義務があるものと判断しました。

 「まず、本件請負契約に基づくデータの移行業務としてYが負担する債務の内容について検討するに、前記認定事実(前記争いのない事実等を含む。以下同じ。)によれば、Yは、Xから、本件請負契約を締結した平成23年6月23日までの打合せにおいて、本件旧システムの機能や現在の運用状況等について説明を受け、本件旧システム上、データ不整合があることを認識し、それを前提に、Xとの間で、中間ファイルを設けることなく、請求書等の各帳票の訂正、削除等を容易に行い得る新システムを構築するとともに、Xの保有するデータを新システムへ移行し、新システムで使用することができる状態とする業務を請け負う旨の本件請負契約を締結したものであり、データの移行方式及びツールの検討、移行方式設計書の作成、移行ツールの製造(移行に必要なプログラム開発)、本件旧システム上のデータを抽出し、本件新システムへデータを投入する作業については、Yの担当又はYが主体となって進めることが合意されたものであることが認められる。また、Yは、本件請負契約の締結後も、Xから、本件旧システムの運用等について、更に詳細な説明を受け、滅失・リース止めの場合、中間ファイルデータが修正されるが、中間ファイルデータがデリバリデータに反映されないため、データ不整合が生じること、また、入力ミスによってもデータ不整合が生じ得ることをそれぞれ認識し、Xの保有するデータを新システムへ移行し、新システムで使用することができる状態にするためには、これらのデータ不整合を解消する必要があると考えていたことが認められる。
 これらの事情に照らせば、Yは、本件請負契約に基づくデータの移行業務として、本件旧システム上のデータを本件新システムに単に移行させることにとどまらず、移行したデータにより本件新システムを稼働させる債務、具体的には、データの移行業務を開始する前に、本件旧システム上の移行の対象となるデータを調査・分析して、データの性質や状態を把握し、そのデータが本件新システムに移行された後、その稼働の障害となるかを検討し、障害となる場合には、いつ、いかなる方法で当該データを修正するかなどについて決定した上で、データの移行業務(移行設計、移行ツールの開発、データの移行)に臨み、最終的には、本件旧システムから移行したデータにより本件新システムを稼働させる債務を負担していたものと認めるのが相当であり、本件においては、データ移行に当たり、データ不整合を是正・解消すべき義務を負うものというべきである。」
 「前記認定事実によれば、Yは、本件請負契約に基づく債務の履行期である平成24年4月23日が経過した後、同年9月6日、データの移行作業の工程を完了したが、データ不整合が障害となり、本件新システムが稼働しなかったというのであり、その後、これが稼働したことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、Xによる上記債務の履行の催告期限である平成25年4月8日が経過した時点において、本件請負契約に基づくデータの移行に係る債務は、履行遅滞の状況にあったものと認められ、その余の債務の履行遅滞の有無について判断するまでもなく、本件請負契約に基づくYの債務には、履行遅滞があったものというべきである。」

履行遅滞についてのYの帰責事由の有無

Yは、Xの協力義務違反を主張し、Yには履行遅滞につき帰責事由がない旨の主張をしていました。

裁判所は、帰責事由の有無を判断するに際し、まずもって、協力義務についての一般論を次のように述べています。

 「一般に、ユーザーが業務上使用するコンピューター・ソフトウェアのシステムの開発をベンダーに発注・委託する場合において、ベンダーがコンピューターシステムの専門家としてユーザーの要求に応えるシステムを構築する責任を負うことは当然であるが、ユーザーが業務等に関する情報提供を適切に行わなければ、そのようなシステムの構築を望めないことから、ユーザーは、ベンダーによるシステム開発について、ベンダーからの問合せに対し正確に情報を提供するなどの協力をすべき義務を負うものと解するのが相当である。本件においても、原告がそのような協力義務を負うことについては、否定されるものではない。」

もっとも、本件では、Xにコンピュータシステムについて十分専門的な知見を有する者が在籍しておらず、Yもこれをヒアリング実施等の過程において認識していたとして、このような事実関係の下では、Xにつき、Yから求められる態様で協力をすることを超える態様での協力をすべき義務はないとしています。

 「しかしながら、前記認定事実によれば、Xには、コンピューターシステムについて十分な専門的知見を有する者が在籍しておらず、他方、Yは、その専門的知見に基づきコンピューターシステムの開発業務を行う者であり、Xに対してヒアリングを実施するなどの過程において、Xがコンピューターシステムについて専門的知見を十分有していないことを認識していたものと認められるのであり、このような事実関係の下では、Xは、Yから求められる態様で協力をするということを超えて、自ら積極的にYが必要とする情報をあらかじめ網羅的に提供するという態様で協力をすべき義務まで負うものではないというべきである。」

そして、裁判所は、具体的判断としてそれぞれ次のように述べ、Xの協力義務違反はないと判断しています。

 「本件においては、前記認定事実によれば、Xは、本件請負契約の締結の前後を通じ、Yに対して、業務上使用していた本件旧システムの機能や運用について説明し、本件旧システム上、データ不整合が存在することを告げていたものであり、Yも、Xの説明により、本件旧システム上、データ不整合が存在すること自体を認識していたものである。そして、Xは、本件旧システムにおけるデータ不整合の件数やその理由について、これをYに伝えたものではないが、上記のデータ不整合が日常的な業務の中で必然的に発生し、あるいは、発生し得るものであることについては、本件請負契約の締結までの間における本件システムの運用に関する説明の中でYに伝えられていたものと認められる。また、Xは、平成23年6月の本件請負契約が締結された前後には、本件旧システムのサーバ内のデータのバックアップデータをYに提供しているのであり、Yとしては、この提供されたデータを調査・分析することにより、本件旧システムにおけるデータ不整合の件数やその理由について把握し得ることがうかがわれるところである。そして、仮に、データの提供だけではデータ不整合の件数や理由が十分に明らかにならないというのであれば、コンピューターシステム開発について専門的な知見を有するYにおいて、更にXに問合せをするなどして、技術的に必要な情報を得るようにすることが考えられてしかるべきであるところ、Yが本件請負契約の締結時及びその後の本件新システムのテストの段階において、Xに対し、本件旧システムのバックアップデータ以外に、更に技術的な情報の提供を求めたことをうかがわせる証拠はない。さらに、具体的にどのような情報が提供されればデータ不整合の件数やその理由について把握し得るものであったのかについては、Y自らこれを特定して主張し得るに至っていない。
 これらの事情によれば、Xが本件旧システムにおけるデータの状態を告知することについて、不十分なところがあったとは認められないというべきである。
 (略)
 以上によれば、Xが協力義務に違反して、本件旧システムにおけるデータの状態をYに正確に告げなかったということはできない。」
 「次に、Yは、Xには、完成した本件新システムが滅失・リース止め以外を原因とする多数のデータ不整合により正常に稼働しないことが判明した後、Yの担当者が当該データ不整合を修正するに当たり、Xの担当者が立ち会い、説明をするなどの協力をすべき義務があったところ、Xは、これに違反した旨を主張する。
 しかし、前判示のとおり、Xは、Yから求められる態様で協力をするということを超えて、自ら積極的にYが必要とする情報をあらかじめ網羅的に提供するという態様で協力をすべき義務まで負うものではなく、仮に、データの提供だけではデータ不整合の件数や理由が十分に明らかにならないというのであれば、Yにおいて、更にXに問合せをして、技術的に必要な情報を得るようにすることが考えられてしかるべきである。
 本件においては、前記認定事実、証人F及び証人Jの各証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件旧システム上のデータを本件新システムに移行する作業の工程が終了した平成24年9月6日頃以降において、Yの担当者がXの担当者に対し、本件旧システムで出力した請求書と本件新システムで出力した請求書の内容を比較してその違いを赤ペンで請求書に記入することや、デリバリ台帳を渡すことを要請したことは認められるものの、当該データ不整合の修正作業に立ち会って説明することなどの協力を求めたことを認めるに足りる証拠はない。そして、証人Fの証言及び弁論の全趣旨によれば、Xの担当者は、Yの上記の要請に応じるとともに、デリバリ台帳を参照してデータ不整合の内容や理由を調べ、Yに伝えるなどしたことが認められる。
 そうすると、Xが、少なくとも本件旧システム上のデータを本件新システムに移行する作業の工程が終了した平成24年9月6日頃以降において、データ不整合の修正に関する協力について、不十分なところがあったとは認められないというべきである。
 以上検討したところによれば、Xには、Yが主張する協力義務の違反があったとは認められず、Xの協力義務違反によってデータの移行に係る債務の履行遅滞が生じたということはできない。上記債務の履行遅滞について、Yに帰責事由がなかったと認めることはできない」

また、Yは、Xによる追加の開発要望がなされたために履行遅滞が生じたとも主張していました。
確かに、Xは、基本設計終了段階で追加要望を出し、また、テスト工程段階においても追加要望を出していました。
もっとも、Yがいずれの要望にも応じていたため、Xは、追加要望は請負契約の範囲内であると考えていました。

この事情につき、裁判所は、(明確にはそう述べていないものの)Yにはいわゆるプロジェクトマネジメント義務があり、開発スケジュールを予定どおりこなす上で開発スケジュールやXの関与の在り方を適切に管理すべきであったにもかかわらず、Xからの追加要望に漫然と応じたために、開発を遅滞させたと述べています。

 「しかしながら、Yは、コンピューターシステムの開発について専門的な知見を有する者として、本件新システムの開発業務を請け負ったのであり、本件請負契約上、本件新システムを開発することと併せて、その開発工程全体の進捗状況を管理し、その工程に沿った開発作業を進めるとともに、システムについて専門的知識を有しないユーザーの作業や関与の在り方についても適切に管理する義務を負っていたものというべきである。
 そして、Yが主張するように、本件新システムのテスト工程の段階において出されたXの要望に係る作業量がかなり多いものであったというのであれば、Yとしては、上記の義務に基づき、本件請負契約に定める本件新システムの開発工程を予定どおり進めるべく、Xに対して、要望に対応した場合には予定された開発工程に遅滞が生じるおそれがあることを伝え、あるいは、要望に対応することを前提に開発工程の見直しを図るなど、開発工程及びXの関与の在り方を適切に管理すべきであったものというべきである。この点は、XがYに対して強い態度で要望に応じるよう迫ったものであったとしても、異なるものではなく、Yとしては、少なくとも、要望に対応した場合の開発業務の完成遅延に係る具体的見通しをXに説明するなどの対応を執るべきであったと解するのが相当である。
 しかるに、YがXに対し、そのような対応を執ったことを認めるに足りる的確な証拠はなく、Yは、Xの要望に対し、漫然とこれに応じ、開発作業を遅滞させたものであるといわざるを得ない。
 そうすると、仮に、Xが追加の要望を出し、Yがこれに応じたため、本件新システムの開発業務が遅滞したものであったとしても、そのことについて、Yに帰責事由がなかったと認めることはできない。」

各売買契約の解除の可否

 「同一当事者間の債権債務関係がその形式は2個以上の契約から成る場合であっても、それらの目的とするところが相互に密接に関連付けられていて、社会通念上、その各契約のいずれかが履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されないと認められる場合には、そのうち一つの契約上の債務の不履行を理由に、その債権者が法定解除権の行使として当該契約と併せてその余の契約をも解除することができるものと解するのが相当である(最高裁平成8年……年11月12日第三小法廷判決・民集50巻10号2673頁参照)。
 これを本件についてみるに、前記認定実によれば、Xは、本件各売買契約を締結して、本件新システムを動作させるためのソフトウェア及びハードウェアを購入したものであるところ、本件各売買契約の目的とするところは、本件新システムを開発して稼働させることを目的とする本件請負契約と密接に関連し、社会通念上、本件請負契約と本件各売買契約のいずれかが履行されるだけでは、本件新システムの稼働という目的が全体として達成されないと認められる。したがって、Xは、本件請負契約の履行遅滞を理由に、本件請負契約と併せて本件各売買契約をも解除することができるものというべきである。」

まとめ等

本裁判例は、ユーザーにコンピュータシステムについて十分専門的な知見を有する者が在籍しておらず、ベンダーもこれを認識していた場合における、ユーザーの協力義務の程度を示したものとして、一定の価値があるものと考えられます。
具体的には、かかる場合において、ユーザーは、ベンダーから求められる態様で協力をするということを超えて、自ら積極的にベンダーが必要とする情報をあらかじめ網羅的に提供するという態様で協力をすべき義務まで負うものではない、ということが示されています。
もちろん具体的事情によるところではありますが、本裁判例のような事情がある場合には、ベンダーとして、自身が業務遂行上必要とする情報の提供をユーザーにそれぞれ求めるといった対応が必要になる可能性があると考えられます。

また、本裁判例は、ベンダーのプロジェクトマネジメント義務につき、少なくとも、追加要望に対応した場合の開発業務の完成遅延に係る具体的見通しをユーザーに説明するなどの対応を執るべきであったと述べていることから、ベンダーは、最低でもこの程度の対応を行わなければ、プロジェクトマネジメント義務違反となる可能性が非常に高いということになります。

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