本件は、旧基幹システムから新基幹システムへの移行が頓挫したという事案であるところ、ユーザーである被告(Y)の予算上の都合から、スクラッチによるのではなく、マイグレーションとリファクタリングによって、旧基幹システムから新基幹システムへの移行を行うことになっていました。
そして、本件におけるマイグレーション作業は、コンバータにより旧システムのRPG等の言語からJavaに機械的に変換するとともに、手動でもマイグレーションを行うほか、新規開発部分も含まれており、これらについて結合テストを実施することが内容とされていました。
しかし、ベンダーである原告(X)は、マイグレーション作業の最終納期であった平成21年11月末日時点において、少なくとも160機能のテストを完了させることができず、また、Xが主張していた最終納期である平成22年4月時点においても、途中成果物は、コンパイル済みのものが78機能のみあったにすぎないという状態でした。
そのような状態において、Xのマイグレーションにかかる債務が履行不能に陥っていたか否かという点が、本件での重要な争点となっています。
なお、本件は2つの事件から成っており、甲事件は、Yとの間でシステム開発に係る基本契約を締結した上、複数の個別契約を締結して、システム開発を請け負っていたXが、Yに対し、Yの代金不払を理由とする個別契約の解除に伴う損害賠償請求等を行った事案であり、乙事件は、Yが、Xに対し、Xの債務は社会通念上履行不能の状態にあったなどと主張して、個別契約の解除に基づく代金返還請求等を行った事案です。
H16.12 X=>Y、Javaを用いた新たな基幹システムの開発を提案
H17頃- X・Y、前記システム開発に関する予算や計画、稼働時期等について協議し、共通認識を形成
H19.9.3 X・Y、前記システム開発業務に関する開発委託基本契約(「基本契約」)締結
H19.9.3 X・Y、前記システム開発のうち物流システム(R1)の開発業務委託に関する個別契約(「R1契約」)締結
H20.4.30 X・Y、前記システム開発のうち販売システム(R2)の準備のための業務分析作業委託契約締結
H20.5 X=>Y、予算の都合から、スクラッチによる開発でなく、マイグレーションとリファクタリングによる開発を提案
H20.8 R1システム運用順次開始
H20.9.26 X・Y、R2開発におけるマイグレーションにかかる個別契約(「第1契約」)締結
H20.9.29 X・Y、R2開発における要件定義にかかる個別契約(「第8契約」)締結
H21.2 X=>Y、R1システム完成引渡
H21.3.31 X=>Y、第8契約に基づく成果物納入
H21.6.26 X・Y、前記マイグレーションにかかる個別契約の納期及び代金支払時期を変更(「変更合意」)
H21.7.6 X・Y、R2システムの開発業務委託に関する個別契約(「第2契約」)締結
H21.7.8 X・Y、R2開発における市販の会計ソフトのカスタマイズに関する個別契約(「第3契約」)締結
H21.8.28 前記納期等変更における最終納期経過
H21.11.10 X・Y、R2開発における追加機能及び変更機能にかかる要件定義作業を行う旨の個別契約(「第4契約」)締結
H22.1.21 Y=>X、一部作業の停止指示
H22.1.27 Y=>X、すべての作業の停止指示
H23.2.14 X=>Y、第2-4契約にかかる未払代金支払催告
H23.3.1 X=>Y、 第1-3契約解除及びこれに伴う損害賠償等請求、第4契約に基づく代金支払請求
H23.4.1 Y=>X、第1、8契約解除及びこれに伴う代金返還請求等
前提として、本件では、基本契約において、次のような解除条項が存在していました。
第39条 X及びYは、相手方に次の各号のいずれかに該当する事由が生じたときは、相手方に対する書面による通知をもって、本件基本契約若しくは個別契約の全部又は一部を解除することができる(以下「本件解除条項」といいます。)。
① 本件基本契約及び個別契約の条項のいずれかに違反し、指定された期限までに当該違反を治癒するよう催告されたにもかかわらず、当該違反が治癒されなかったとき
② 正当な理由なく、期限内にその義務を履行する見込みがなくなったとき
(中略)
⑦ その他、本件基本契約又は個別契約を継続し難い重大な事由が生じたとき
(以下略)
まず、裁判所は、マイグレーションの成果物の最終納期にかかる再延長合意の成否について、その成立を否定しました。
「上記認定の事実関係によれば、平成21年9月8日までにXから申し入れられたスケジュール変更については、その後のXの対応いかんによっては、Yがこれを承認する余地があり、それを期待して作業が続けられていた部分もあるものの、結局、Yにおいてこれを承認するに至らなかったものと認めるのが相当であり、これに、本件基本契約5条においては、納期を変更するにはXとYの責任者が個別の変更契約を締結することを要する旨が定められているところ、XとYが本件再延長合意について契約書その他の書面を作成した事実がうかがわれないことをも併せ考えれば、本件再延長合意がされた事実を認めることはできないというべきである。」
「したがって、第1契約に基づくマイグレーションの成果物の最終納期は、平成2年3月末日に変更されたものではなく、平成21年8月29日であったというべきである。」
次に、裁判所は、マイグレーション作業の最終納期であった平成21年11月末日時点において、少なくとも160機能のテストを完了させることができず、また、Xが主張していた最終納期である平成22年4月時点においても、R2開発の途中成果物は、コンパイル済みのものが78機能のみあったにすぎない等といった状態の下では、平成21年11月30日時点でマイグレーション作業を平成22年3月末日までに完成させることができない状況にあったとした上で、法的にXの第1契約にかかる債務は履行不能であったと評価しました。
「前判示のとおり、第1契約に係るマイグレーション作業の期限は、平成21年8月29日であり、Xは、その最終納期を徒過した同年11月30日の時点において、上記作業を平成22年3月末日までに完成させることができない状態であったものと認められるところ、前記認定の事実関係の下においては、このことにより、原告の第1契約に基づく債務は、平成21年11月30日の時点において、社会通念上履行不能であったと評価されるものというべきである。」
その上で、裁判所は、本件において、第1-4契約が密接関連性を有していることにつき、次のように述べています。
「前記認定事実によれば、XとYは、本件新システムの開発業務に関し、個別業務ごとに個別契約を締結することを前提に、その基本的取引条件を定めた本件基本契約を締結した上で、その個別契約として第1~第4契約を締結したものであるところ、本件基本契約においては、本件解除条項2号により、正当な理由なく、期限内にその義務を履行する見込みがなくなったときには、本件基本契約若しくは個別契約の全部又は一部を解除することができるものとされている。 本件解除条項は、その規定上、解除の対象とされる個別契約について特段の制約を設けているものではなく、少なくとも当該個別契約と密接な関連性を有する他の契約について上記の解除事由が発生し、当該個別契約についてもその本旨を実現することができないという関係にあると認められるときは、既に当該個別契約に基づく債務が履行済みであったとしても、当該個別契約を解除することができるものと解すべきである。そして、 当事者の一方が本件解除条項により本件基本契約若しくは個別契約の全部又は一部を解除し得るという場合には、当該当事者は、いきなり契約の全部又は一部について解除権を行使することのほか、信義則上、解除権を行使することなく、解除事由が消失するまで当該契約に基づく自らの相手方当事者に対する債務の履行を拒むこともできるものと解するのが相当である(このように解することは、いきなり解除権を行使されるという事態を避けられるという点で、他方の当事者の利益にも適うものである。)。」
これを踏まえ、裁判所は、第2契約につき、これが第1契約のマイグレーションの成果物についてシステムテスト、リファクタリング及び新規開発を行うものであり、マイグレーションの成果物の存在が前提であったこと、また、第3-4契約につき、これらがR2が完成したことを前提とするものであったことから、第2-4契約は、第1契約と密接な関連性を有し、あるいは第1契約の成果物又はこれを前提とするR2が存在しなければ実現できない関係にあったとして、第1契約に基づくXの債務は履行不能に陥っていたから、Yは、信義則上、これを理由として、第2-4契約にかかる代金支払を拒絶できるとしました。
以上から、裁判所は、Xによる第1-3契約の解除は認められないとしました。
裁判所は、上述のとおり、Xの債務は履行不能に陥っていたことから、Yによる第1契約の解除を認めるとともに、YのXに対する原状回復請求を認め、すなわち、第1契約の代金総額4億1212万5000円の支払等を求めることができるとしました。
また、裁判所は、YのXに対する第1契約の債務不履行に基づく損害賠償請求のうちその一部を認め、1億1470万円の支払等を求めることができるとしました。
裁判所は、本件解除条項には対象についての制約がないことを指摘した上で、当該個別契約と密接な関連性を有する他の契約に解除事由があり、当該個別契約の本旨が実現できない関係にある場合は、履行済みの契約についても、これを解除できるとしました。
「本件解除条項は、その規定上、解除の対象とされる個別契約について特段の制約を設けているものではなく、 少なくとも当該個別契約と密接な関連性を有する他の契約について上記の解除事由が発生し、当該個別契約についてもその本旨を実現することができないという関係にあると認められるときは、既に当該個別契約に基づく債務が履行済みであったとしても、当該個別契約を解除することができるものと解すべきである。」
その上で、第8契約は、マイグレーションを行う前提であるR2開発の要件定義を行うものとして、第1契約と時期を同じくして締結されたものであるから、第1契約と密接な関連性を有し、また、第1契約に基づくマイグレーションの成果物や、これを前提とするR2が存在しなければ、無駄に終わってその本旨を実現できない関係にあるから、第8契約をも解除することができるとしました。
また、第8契約の作業の中にマイグレーション以外にも転用し得る汎用性のある作業があったとしても、結論を左右するものではないとも述べています。
以上を踏まえ、裁判所は、Yによる第8契約の解除を認めるとともに、YのXに対する原状回復請求を認め、すなわち、第8契約の代金総額2億6349万7500円の支払等を求めることができるとしました。
XはYに対して約4億円の支払を請求していたところ、実際に認められたのは約2200万円でした。
他方、YはXに対して約11億円の支払を請求していたところ、実際に認められたのは約8億円となっています。
多段階契約において、履行済みの個別契約の解除までが認められるケースは多くはありませんから、これを認めたケースとして、本裁判例には一定の意義があるものと考えられます。
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