クラウドサービスベンダをはじめとして、ユーザが保管していたデータが消失してしまった、というトラブルは生じ得るものです。
現在の世の中において、無体物といえどもデータの有する価値は日々増しつつあると言っても過言ではありませんから、そのデータが消失してしまったとなれば、ユーザの被る損失も大きいと考えられます。
さて、ここでは主にB2Bを念頭に、消費者契約法の適用のない場面について、述べていくこととします。
データが消失してしまった場合、ユーザから、下記の損害につき、債務不履行責任又は不法行為責任に基づく損害賠償請求がなされることが考えられます(東京地判平成13・9・28裁判所Webサイト等)。
もっとも、1点目につき、データが復旧不可能だった場合の補填費用は、そもそも復旧不可能だったデータの特定から困難であることが多く、その金銭的価値の立証には困難が伴うことは否定できません(広島地判平成11・2・24判タ1023-212参照)。
また、2点目につき、データの消失とユーザが得られなかった利益との関係の立証も困難であることが少なくなく、損害として認められることが決して多いわけではありません。
ベンダは、保管するユーザのデータにつき、データ消失防止義務を直ちに負うわけではありません。
現在の民法は、データのような無体物を保管する契約については特に定めを置いておらず、これは2020年4月1日施行の改正民法であっても同様です。
民法657条
寄託は、当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
民法85条
この法律において「物」とは、有体物をいう。
もちろん、民法上の寄託契約を参考にすることも考えられます。
しかし、直ちに民法上の寄託契約が適用されることにならない以上、結局は、運用等の契約の内容のほか、提供されるサービスの内容等を参考にせざるを得ないでしょう。
とはいえ、結論として、ベンダのデータ消失防止義務は原則認められにくいのが実情と考えられます。
その理由は、下記の点にあります。
まず、一般的に、利用規約等において、ベンダが保管するユーザのデータについては、ユーザがバックアップを行うものとし、データ消失に関してはベンダを免責するとの規定が置かれていることがほとんどです。
例えば、ホスティングサービスを提供しているConoHaの会員規約では、次の定めが置かれています。
ConoHa会員規約
第31条(バックアップ)
1. 当社は、データ等について、そのバックアップを行う義務を負わないものとします。会員は、自己の費用と責任において、適宜、データ等のバックアップを実施するものとします。
また、東京地判平成21・5・20判タ1308-260は、サーバ上のデータ消失について、レンタルサーバサービス業者の不法行為責任を判断する上で、免責規定を超える責任を負う理由はない旨を述べ、データ消失防止義務の存在を否定しています。このように、裁判例としても、ベンダの免責を認めるケースが存在しています。
ところで、経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」には、下記の記述が存在します。
経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」p321
「クラウドサービスにおいてクラウドサービス事業者が顧客のデータを保管する場合には、クラウドサービス事業者は基本的には当該データの消失防止についての義務を負うものと考えられる。」
もっとも、ベンダ側に消失の原因となったミスがある場合は別として、それ以外の場合、実際には、ベンダがデータ消失義務を負うことは決して多くないと考えられます。
仮に損害賠償責任を負うこととなった場合でも、ユーザに過失があった場合や、ベンダの負う責任を制限する条項がある場合には、損害額は減額される可能性があります。
サービス利用規約等において、ユーザにデータのバックアップを行う義務があるとの規定が置かれていることがほとんどです。
仮に、ユーザがバックアップを怠っていた場合には、たとえベンダのミスによってデータが消失した場合であっても、ユーザが本来なすべき義務を果たしていなかったとして、過失相殺(民418条、722条2項)がなされ、損害賠償額が減額される可能性が高いとされています(東京地判平成13・9・28裁判所Webサイト、広島地判平成11・2・24判タ1023-212等)。
サービス提供契約では、損害賠償額を制限する旨の定めや、損害賠償責任を免責する旨の定め(以下、併せて「損害賠償額制限条項」といいます。)がなされていることも多いかと思われます。
例えば、先ほど引用したConoHaの会員規約では、免責条項として、次の定めが置かれています。
ConoHa会員規約
第31条(バックアップ)
2. 当社は、理由の如何を問わずデータ等の全部又は一部が滅失、毀損、又は改ざんされた場合に、これを復元する義務を負わないものとし、当該滅失、毀損、又は改ざんにより会員又は第三者に生じた損害等について一切の責任を負わないものとします。
損害賠償額制限条項は、民法420条第1項にいう賠償額の予定の一類型とされています。
このような条項は原則有効ですが、損害賠償請求の相手方に、当該損害発生につき故意又は重過失があった場合には、このような条項があっても、損害賠償額は制限されないとの考え方が有力となっています。
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