弁護士 野溝夏生

秘密保持契約(NDA)(その2)

秘密保持契約(NDA)(その1)の続きです。

秘密保持契約において注意すべきこと

秘密保持契約は万能ではない

秘密保持契約を締結する理由を説明しておいてこんなことを言うのもなんですが、秘密保持契約は万能ではありません。
すなわち、秘密保持契約を締結したからと言って、安心して何でも情報やデータを相手方に開示していいということにはなりません

どういうことかと言うと、秘密保持契約というものは、

というものにしかすぎません。
すなわち、事実上、第三者に何らかの形で情報がわたってしまうことを防ぐことはできません
ざっくりと言えば、契約とは、「当事者間の合意内容について法的拘束力を持たせること」ですから、これ自体はごく当然のことではあります。

秘密情報とした情報やデータが漏洩等してしまい、第三者の手にわたった場合、その情報やデータの価値が大きく減損してしまうリスクも考えられます。
このリスクは、当該第三者が守秘義務を負っていない場合に特に問題になるでしょう。

ところで、ここでこう思われる方もいるのではないでしょうか?
「秘密保持契約には損害賠償条項や差止条項があるから大丈夫ではないか?」
「不正競争防止法の損害賠償請求や差止請求ができるから大丈夫ではないか?」

まず、秘密保持契約上の損害賠償条項や差止条項については、あくまでも契約の相手方に対して損害賠償請求や差止請求が可能になるにすぎません。
言い換えれば、秘密保持契約上の損害賠償条項や差止条項では、契約当事者以外の第三者に対して、損害賠償請求や差止請求を行うことはできません
また、差止条項に関しては、「すでに情報やデータが流出してしまっている以上、例外的な場合を除き、相手方に差止請求をする意味はないのではないか」という指摘もなされているところです。

次に、不正競争防止法の損害賠償請求や差止請求について、問題となった情報やデータが同法上の「秘密情報」や「限定提供データ」に該当し、かつ、第三者の情報取得行為等が同法上の不正競争行為に該当する場合には、第三者に対してこれらの請求が可能です。
言い換えれば、問題となる情報が「秘密情報」若しくは「限定提供データ」に該当しない場合又は第三者の情報取得行為等が不正競争行為に該当しない場合には、第三者に対して、損害賠償請求や差止請求をすることはできません

さらに、そもそも論として、仮にこれらの法的根拠によって損害賠償請求が可能であったとしても、先に述べたとおり、事実上情報やデータが流出することは回避できず、これらの価値が減損してしまうリスクは残ります
すなわち、情報やデータの価値の毀損による損害も含めると、実際に負った損害について、損害賠償請求によってすべてが補填されない可能性が決して低くはない、ということになります。

ではどうすればいいのでしょうか?
以上のリスクがあるから情報を開示しないというのでは、新たなビジネスの発生を阻害することにもなりかねません。
保有している情報やデータを有効にビジネスに活用できるのであれば、可能な限りこれを開示し、利用するのがよいように思われます。
とすれば、秘密保持契約があることに安心せず、相手方に開示する情報やデータを選別し、本当に必要な情報を最小限の範囲で開示することが重要になってくるのではないでしょうか。

データの混在(コンタミネーション)

秘密保持契約(NDA)(その1)では、除外規定の話をしたかと思います。
その中で「独自に得たはずの情報を、自らのビジネスに利用することはできなくなってしまう可能性を排除しておくためにも、除外規定を置いた上での秘密保持契約の締結は有用」ということを述べました。

では、秘密保持契約に除外規定さえあればもう独自開発情報等については何ら問題がないのでしょうか?
実はそうではありません。

法的に独自開発情報が「秘密情報」の対象から外されたとしても、独自開発情報であるか否かが万一争われることとなった場合、その情報が本当に独自開発した情報であるということを立証する必要が出てきます
もし、相手方から秘密情報として開示された情報やデータが、自らの情報やデータと区別できないような形で管理されていたらどうなるでしょうか?
このような場合、本当に独自開発した情報であっても、相手方から取得した情報やデータを使用していないことを立証するのは非常に困難ではないでしょうか?

以上のようなリスクを考えると、データの混在は避けなければなりません。
事実上の管理の話ですし、やり方はいくつかあると思います(DBやストレージを分ける、これを前提にアクセスログも残す等々)。

ちゃんと次の契約も締結すること

秘密保持契約だけ締結し、その次に想定されていた契約を締結することなく、当該契約の内容にかかる行為を行ってしまうことがまま見受けられます。

契約を締結してから実際の行為を行うべき、という弁護士の意見としてはごく当然のことをあえてここで述べることはしませんが、秘密保持契約はあくまでも秘密情報の開示に関する契約にすぎず、当該行為にかかる契約ではありません。
契約を締結しない場合は民商法の適用が一般的にはなされますが、民商法も万全ではありませんし、実際の事案にあてはめるとどのような権利義務関係となるのかが不明なことも少なくありません。
具体的な権利義務関係の見通しがないということは、紛争になりやすい、ということであると言っても過言ではありません。
スーパーやコンビニで飲み物を買う程度の話であればいいかもしれませんが、秘密保持契約を締結するような案件の場合、そんな簡単な話ではないでしょう。

将来の紛争を防止するためにも、あるいは万一紛争になった場合の指針を残す意味でも、秘密保持契約を締結して満足するだけでなく、次の契約段階に進む場合には、しっかりと契約を締結する必要があるでしょう。

秘密保持契約と秘密保持条項

先ほど次の契約も締結すること、という話をしましたが、その次の契約に秘密保持条項があることも珍しくないように思われます。
そうすると、先に締結していた秘密保持契約と次の契約における秘密保持条項にズレがあった場合、どちらを優先して適用すればよいのかが問題となり得ます。
もちろん、わざと条項をずらしている場合には問題ないですが(その場合でも優劣に関する条項を入れるべきだとは思いますが。)、そうでない場合は、いずれも矛盾のないような条項を置くか、あるいは、同一の情報やデータに関しては、秘密保持契約を締結したならば次の契約で秘密保持条項を置かない、といった措置を講じる必要があるでしょう。

まずはお気軽にお問い合わせください。

※ 送信完了画面は表示されません。

03-6821-2692

受付: 10:00~18:00 / 土日祝を除く