弁護士 野溝夏生

秘密保持契約(NDA)(その1)

秘密保持契約(NDA)とは

秘密保持契約とは、主に何らかの取引を行おうとする当事者間において、各当事者等の秘密に属する情報を相手方等に開示する際、その情報を第三者に開示、漏洩等してはならないことを主としてその内容とする契約と言い得るでしょう。
現在の我が国においては、その事業規模等にかかわらず、取引検討段階等において一般的に締結するものであり、顧問弁護士としてもチェックの頻度が非常に高い類型の契約書の一つです。

秘密保持契約を締結する理由

ところで、なぜ秘密保持契約を締結するのでしょうか?

秘密保持契約に限りませんが、何のためにその契約を締結するのか理解しておらず、なんとなくということで契約を締結してしまっては、その契約が本当に自分に必要なのかわかりませんし、本当は必要であるはずの範囲をその契約でカバーできるかもわかりません。
そのような状態で締結する契約は、有害無益なことが少なくないと、私個人としては感じています。
その意味で、その契約をなぜ締結するのか、その契約で何をどうしたいのか、という点をしっかりと把握しておくことは、非常に重要であると私は考えています。

さて、やや脱線してしまいましたが、秘密保持契約締結の意義を見ていきましょう。

情報・データの自由な利用の制限

大前提として、情報やデータといった無体物は、所有権の対象ではなく(すなわち、所有権者や占有権者はいません。)、その情報やデータに適法にアクセスできる者であれば、その利用も原則自由です。
個人情報保護法や著作権法等の適用があるような場合には、その利用が制限されることになりますが、それはあくまでも例外的な場合で、情報やデータの利用は原則として自由なのです。

ということは、あなたの保有している情報やデータのうち、あなたが何らかのビジネスを行うにあたって非常に価値があり、無断で他の人に知られたくない、使われたくない情報やデータであっても、これに適法にアクセスできる者について、原則として開示や利用は自由なのです。
それでは困るので情報は開示できない、そのように考えることも自然ではないでしょうか。
しかし、情報やデータを他者に開示し、その者と協業することで新たなビジネスが生まれる可能性もありますし、開示しない方向にインセンティブが働いてしまうと、新たなビジネスの発生を阻害することにもなりかねません。

そこで登場するのが秘密保持契約です。
秘密保持契約は、情報やデータを相手方に開示する際、相手方による情報やデータの目的外利用や第三者提供を禁止し、秘密保持の対象となる情報やデータの自由な利用を制限する効果を有します。

不正競争防止法の「営業秘密」として保護される可能性

秘密保持契約を締結せずに開示された情報やデータは、当該当事者間において当然に秘密情報となることが合意されていたような場合を除き、「秘密として管理されている……情報」(不正競争防止法2条6項)に該当しないと判断される可能性が高く、もって不正競争防止法上の「営業秘密」(同項)に該当しない可能性が高いこととなります。

不正競争防止法の「営業秘密」に該当する情報やデータであれば、当該情報やデータは「営業秘密」として不正競争防止法における差止請求権や損害賠償額の推定等にかかる規定の適用を受けることができます。
しかし、「営業秘密」に該当しないのであれば、「営業秘密」として同法の適用を受けることはもちろんできません。

このように、秘密保持契約は、開示する情報やデータが「営業秘密」として扱われる可能性を排除しないという意味で、締結することにメリットがあるということになります。

また、例えば、秘密保持契約の中で相手方の不注意等を原因とする情報漏洩等に制裁を課すことを定めること等によって、開示する情報やデータの管理を相手方に徹底させるなど、相手方に適切な情報セキュリティ対策を講じさせるインセンティブを生じさせることも期待できます

不正競争防止法の「限定提供データ」として保護される可能性

開示する情報やデータが「営業秘密」に該当しないものであったとしても、秘密保持契約において第三者提供禁止条項を置くことによって、「特定の者に提供する情報」(不正競争防止法2条7項)という要件を充足せしめ、不正競争防止法上の「限定提供データ」(同項)に該当する可能性を生じさせます。

このように、秘密保持契約は、開示する情報やデータが「限定提供データ」として扱われる可能性をより高くするという意味で、締結することにメリットがあるということになります。

「秘密情報」とされる情報やデータの限定(除外規定)

意義を説明するのにもかかわらず、実際によく見られる条項を引用するのもどうかとは思いますが、わかりやすいと思われるので、まずはよくあるような「秘密情報」の除外規定を見てみましょう。

第○条 「秘密情報」とは、相手方より提供を受けた技術上又は営業上その他の業務上の情報のうち、当該相手方が書面(電磁的方法を含む。)により秘密である旨指定して開示した情報、又は口頭により秘密である旨を示して開示した情報で開示後○日以内に書面により内容を特定した情報をいう。ただし、次の各号のいずれか一つに該当する情報については、この限りでない。
 (1) 適法に既に保有していた情報
 (2) 秘密保持義務を負うことなく第三者から適法に入手した情報
 (3) 相手方から提供を受けた情報によらず、独自に開発した情報
 (4) 本契約に違反することなく、かつ、受領の前後を問わず公知となった情報
 (5) 相手方が秘密情報として扱う必要がない旨を表示した情報

これ自体は私が適当に引っ張ってきたものですが、まったく同じかどうかは別として、このような除外規定が秘密保持契約に置かれているのではないかと思います。
ところで、この除外規定は何のためにあるのでしょうか?

秘密保持契約を締結し、相手方から「秘密情報」とされる情報の開示を受けたからといって、必ず取引が発生するわけではありませんし、その後において、例えば独自にその「秘密情報」と同様の情報を得ることもあり得るでしょう。
仮に、除外規定がない場合で、かつ、「秘密情報」と同様だが独自に得た情報を利用しようとした場合、どうなることが予想されるでしょうか?
秘密保持契約における相手方が秘密保持義務違反を主張してくることが考えられないでしょうか?
しかし、利用しようとした情報は、あくまで独自に得た情報であり、相手方から開示を受けた情報ではなかったはずです。
そこで、独自に得たはずの情報を、自らのビジネスに利用することはできなくなってしまう可能性を排除しておくためにも、除外規定を置いた上での秘密保持契約の締結は有用ということが言い得ます。

ただし、注意が必要でして、これは秘密情報の範囲が明確に定められていることが前提となっています。
これが明確に定められていない秘密保持契約では、以上のようなリスクを回避できない可能性が残ってしまうのです。

秘密保持契約において注意すべきこと

秘密保持契約(NDA)(その2)へ続きます。

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