弁護士 野溝夏生

一括契約と多段階契約はどちらがいいのか?

というご質問をしばしばいただきます。
このような回答をするのも心苦しいところがあるような気もしますが、「どのような案件で、どのような希望があるかによります。」というのが最初に行う回答になります。
最近も似たようなご質問をいただきましたので、この問題について、エントリに残しておくこととします。

一括契約

一括契約の大きいメリットは、契約書を一度取り交わせば足りる(はず)であることではないでしょうか。

契約書の取り交わしは、一方当事者が雛形を提供し(本来であれば案件に合わせて提供側も雛形自体を修正すべきですが)、これに他方当事者が修正要望を出し、というやりとりを何回かした上で行うのが通常かと思われます。当然、このやりとりには時間が多少なりともかかりますから、契約締結には時間がかかるということになります。

多段階契約では、一つのプロジェクトにおいて数回に分けて個別契約を締結することになりますから、いくら基本契約を締結するとはいえども、前述のやりとりにより、各個別契約の締結に時間がかかることが想定されます。
とはいえプロジェクトは進んでいきますから、契約締結前に作業に着手してしまう可能性も比較的高いと言い得ます。
しかし、契約締結前の作業着手は、裁判例を見ても、弁護士としての経験からも、トラブルとなる可能性が非常に高いです。

これに対し、一括契約は、最初さえ契約を締結してしまえば、(本来ならば)その後で契約を新たに締結する必要はなく、契約締結コストや契約締結に関するトラブルが生じるリスクを低減できると(理論上は)言い得ます。

他方、一括契約は、その名のとおり一括で開発契約を締結するわけですから、最初の見積等が重くなりがちであったり、再見積、作業スケジュールや報酬の見直し等がしにくかったりという側面もあります(正確に言えば、多くの場合そのように考えられてしまっています。)。
また、契約を細分化しないことで、多段階契約の場合よりもトラブルが生じた場合の法的責任の限定がしにくかったり(もちろん契約によりますし、一括契約でも責任限定はどうにでもなります。)、各作業段階における契約締結の自由が当事者双方に与えられなかったり、各作業段階の業務内容等の明確化がしにくかったり(もちろんこれは運用次第です。)、といったことも考えられます。

多段階契約

多段階契約のメリットは、概ね述べてしまったような気がしますが、再度整理すると次のとおりかと思われます。

他方で、前述のとおり、締結する必要のある契約の個数は増えますから、契約締結コストは一括契約と比べて高くなることが一般的です。

で、結局どちらがいいんですか?

という質問がとんできそうですが、その回答が冒頭の「どのような案件で、どのような希望があるかによります。」になります。

例えば、とにかくスピード感をもってやりたい、契約交渉や締結にかかる時間を極力減らしたい、という案件であれば、契約個数の少ない一括契約は魅力的だと思います。
他方、一括契約を採用しても、報酬固定制(後に報酬の変動を認めない)の場合、ベンダーは過小見積リスクを負い、ユーザ側は過小見積リスクを懸念した高額な見積を提示されるリスクを負うことになります。
もちろん、契約締結時点でかなりの見通しが立っていて、報酬額を固定しても問題なかったり、報酬額の上限を決めても問題なかったりする場合には、過小見積リスク等は大きく問題にはならないかもしれません。また、報酬額が比較的低く、多少そのようなリスクがあっても問題ないという場合もあるかもしれません。
しかし、そうでない場合には、過小見積リスク等は現実的かつ大きな問題となってきます。
これを解消しやすいのは再見積のタイミングが数回訪れる多段階契約ですが、多段階契約には、契約交渉や締結にかかる時間を極力減らしたいという要望に合致しにくいという面があります。

ではどうすればよいでしょうか。
一つの案としては、報酬を固定せず、上限も定めず、報酬の算定方法のみを定める方法が考えられます。いわゆるタイムアンドマテリアル方式等です。
また、「報酬額は変動しやすいので柔軟に対応しましょう」とふわっと定め、数回の再見積を予め想定する方法もあり得ると思われます。
契約なのにそんな雑でいいのかという話もありますが、スコープも報酬も最初に決められないものは決められないわけですから、このような契約となることもやむを得ないと言えるでしょう(実際、実務においてシステム開発契約にそのような特徴があることに異論はないと思われます。)。
一括契約であっても、報酬は変動させてもいいはずですし、再見積を数回行ってもいいはずです。報酬が固定されることや、再度の見積が否定されることは、本来的には一括契約の特徴ではありません。

ところで、言うまでもありませんが、これらの方法は、このような定め方での決裁が下りることが前提です。そんな定め方では決裁は無理、となるとなかなか難しい話になってきます。
もっとも、多段階契約も、再見積を行うことにメリットがあるわけですから、契約後に報酬が変動することは想定されているはずです。再見積ができないのであれば、過小見積リスク等は多段階契約でも問題となりますから、もはや一括契約でも多段階契約でもどちらでもいいのでは?ということにもなりかねません(再見積だけが多段階契約のメリットではもちろんありませんから、必ずしもそう言えるかどうかはまた別の話ですが。)。

また、別の例として、契約交渉や締結に手間はかかってもいい、要件が曖昧でプロジェクトがどうなるか不安なので離脱チャンスを多く持っておきたい、といったような案件であれば、契約個数が多く、各個別契約を締結しない自由のある多段階契約は魅力的だと思います。

以上のように考えられることがたくさんありますので、私は、「一括契約と多段階契約、どちらでシステム開発(ソフトウェア開発)の契約をしたらいいですか?」と質問された場合には、「どのような案件で、どのような希望があるかによります。」と回答し、案件の詳細や希望を訊くようにしています。

ある事例を参考に

守秘義務がありますのでかなりぼかして書きますが、最近相談された事例をご紹介します。

「一括契約と多段階契約、どちらでシステム開発(ソフトウェア開発)の契約をしたらいいですか?」という相談ではありますが、もう少し詳しく内容を述べると、「要件定義」「要件定義以降~テスト」「運用保守」という3つの契約をすべて契約し、「要件定義以降~テスト」段階で実際に生じる報酬額が当初の見積とずれることが「要件定義」段階で判明した場合に、「運用保守」で報酬の調整をすることは現実的ですか?、という内容でした。

(運用保守契約はわからないでもないですが便宜上これも含めて)3つの契約を一度に締結するのでは、多段階契約のメリットはほぼ失われます。
実のところ、相談者の方が一番気にしていたのは、契約締結の自由があるために多段階契約だと別のベンダーに変えられてしまうおそれがある、という点でした。
とすると、多段階契約自体があまり適切ではないのではないか、「要件定義~テスト」の一括契約のほうが適切ではないか、ということになります(運用保守契約は別途締結することになります。)。

他方で、報酬の調整は現実的ですか?という相談であることからもわかるとおり、報酬の調整を行いたいという希望もあるわけです。
となると、一括契約で、かつ、報酬の調整を柔軟にできるような条項を含んだ契約が適当ということになります。

そこで問題になるのは、やはり、そのような条項を含んだ契約の決裁が下りるのか、という点です。
もっとも、運用保守契約で報酬の調整ができるのであれば、一括契約の報酬の調整もできるはずだと考えられます。
というのも、結果的に当初の見積よりも実際に生じる報酬額が低い場合にはいくらでも調整できるでしょうが、逆に、実際に生じる報酬額が高い場合には、ユーザーは運用保守契約で報酬を上げることに難色を示しやすいと言い得ます。
しかし、実際に生じる報酬額が高い場合に、運用保守契約の報酬を上げることに合意が得られるのであれば、報酬を上げること自体の合意は得られるわけです。
そうであれば、一括契約の報酬の調整も可能となるのではないでしょうか。

以上を踏まえ、この事例では、以上のような説明を行い、報酬を調整可能な一括契約が適切だと考えられる旨を回答するに至りました。

「アジャイルではどうしたらいいですか?」

私自身検討中ですが、取り急ぎはこのあたりが参考になるかと思われます。

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