本エントリでは、責任制限条項に関する部分にのみ触れ、事案の説明については、相当に簡潔に示すこととします。
原告である野村HDは、被告である日本IBMに対し、原告である野村證券の業務に供するシステム開発業務を委託し、日本IBMはこれを受託しました。
しかし、予定された稼働時期に完成しないことが明らかとなりました。
そこで、野村證券は、日本IBMに対し、前記開発業務の中止を通告し、また、野村HDを代理して、前記開発業務の履行不能を理由に、前記業務委託にかかる各個別契約(念のため付言すると、多段階契約モデルが採用されていた。)を解除するとの意思表示をしました。そして、東京地方裁判所に、履行不能によって野村HDが被った損害等について、債務不履行責任に基づく損害賠償請求等の訴えを提起するに至りました(なお、請求額は約36億円であった。)。
これに対し、日本IBMは反訴を提起し、前記開発業務が頓挫した原因は野村HD及び野村証券にある等の理由により、民法536条2項に基づく報酬請求や債務不履行に基づく損害賠償請求等を行うに至りました。
東京地方裁判所は、野村HD及び野村證券と日本IBMが締結した17件という多段階契約のうち、3件の個別契約に限り、日本IBMの債務不履行を認定し、日本IBMに約16億円の賠償を命じ、その余の請求はすべて棄却する判決を言い渡しました。
ところで、同判決によれば、日本IBMの債務不履行により野村HDが被った損害の額は、19億1373万円でした。
しかし、実際に日本IBMが賠償すべきとされた損害の額は、16億2078万円でした。
この約3億円の差は、まさにこのエントリで扱う、責任制限条項によってもたらされたものということになります。
この事案にて定められていた責任制限条項は、次のとおりです。
東京地判平成31・3・20(野村vsIBM事件)
「本件各個別契約のうち履行不能となった契約は、本件個別契約13~15のみである……。そして、本件個別契約13及び15には『IBMの損害賠償責任は(中略)損害発生の直接原因となった当該別紙所定の作業に対する受領済みの代金相当額を限度額とする。』との責任制限条項が、本件個別契約14には『お客様がIBMの責に帰すべき事由に基づいて救済を求めるすべての場合において、IBMの損害賠償責任は(中略)損害発生の直接原因となった当該『サービス』の料金相当額(中略)を限度とする。』との責任制限条項が、それぞれ設けられている(……。以下、契約の略称に合わせて『本件責任制限条項13』のように略称する。)。」
そして、前記判決は、責任制限条項につき、次のように述べています。
「本件各責任制限条項は、経済産業省が提唱するモデル契約においても類似の規定が設けられているものであり……、その趣旨は、コンピュータ・システム開発に関連して生じる損害額が多額に上るおそれがあることに鑑み、段階的に締結された契約のいずれかが原因となってユーザに損害が生じた場合、ベンダが賠償すべき損害を当該損害発生の直接の原因となった個別契約の対価を基準として合意により限定し、損害賠償という観点からも契約の個別化を図るものと解される。また、その性質は、賠償上限額についての損害賠償の予定と解される。」
要するに、次の2つの点を述べました。
その上で、日本IBMが賠償すべき損害について、次のとおり述べました。
「そうすると、本件個別契約13~15の下で被告が賠償すべき損害は、本件責任制限条項13~15により、本件個別契約13及び15の支払済みの代金額に、本件個別契約14の代金相当額を加算した合計16億2078万円に限られるというべきである。そして、前記……認定の損害は、合計19億1373万円であり、既に上記損害賠償予定限度額を上回るから、本訴債務不履行請求のうち、同金額を超える損害について賠償を求める部分は、その余について判断するまでもなく理由がない……。」
ところで、野村HDは、責任制限条項について、次の3点を主張していました。
しかし、以下のとおり、前記判決は、いずれの主張も採用できないとしています(ただし、2点目の重過失の場合については、適用除外の余地がある旨を述べています。)。
野村HDは、責任制限条項が適用されないと信頼して調印したのではなく、対等な当事者が自由な意思で合意したものというべきであるとされました。
理由の要点としては、次の各点になります。
「原告野村HDは、信義則違反の理由として、本件各責任制限条項が一方的に同原告に不利な内容であるのに、何らの交渉も行われず、交渉を行うこともできないまま定められたと主張する。
しかし、まず、本件各責任制限条項と類似の規定を含む経済産業省のモデル契約は、ユーザ・ベンダ双方のリスクを考慮したものとされている……。また、本件各個別契約は、消費者契約ではなく、それぞれの業界において我が国を代表するともいえるような大企業の間で締結されたものであり、原告野村HDについて、一方的に不利益な契約条項を是正する交渉力が被告に劣後していたと認めるに足りる証拠はない。
しかも、本件各責任制限条項は、本件個別契約13~15に係る契約書のみならず、同様に被告の役務提供を内容とする本件個別契約1~5、8、9及び17に係る各契約書……にも明記され、これらの契約書はいずれも被告の調印から数日を経て原告野村HDの調印がされているから、原告野村HDは、本件各個別契約の内容を確認の上、調印に応じたものと認められるところ、その調印に当たり、原告野村HDが本件各責任制限条項について被告に交渉を求めたような気配は、本件全証拠によっても見当たらない。
以上の事情の下では、原告野村HDが、契約書上明記された本件責任制限条項13~15が本件に適用されないと信頼して調印したとは認められない。かえって、以上の事情を総合すれば、本件各責任制限条項を含む本件個別契約13~15は、対等な当事者が自由な意思で合意したものというべきであり、信義則違反により無効であるとの原告野村HDの主張は採用できない。」
責任限定条項の趣旨から、一方当事者に重過失がある場合には、信義則に照らして当該条項の適用が制限される余地がないことはない、と述べました。
もっとも、この事案においては、日本IBMには重過失があったとはいえないとしています。
「ベンダに重過失がある場合に責任制限条項を適用しない旨の規定は、経済産業省のモデル契約には設けられているものの……、本件個別契約13~15に係る各契約書……には、その旨の明文規定はない。
もっとも、前記……で説示した本件各責任限定条項の趣旨に鑑みれば、被告に重過失があるときは、信義則に照らして本件各責任制限条項の適用が制限されると解する余地がないではない。」
「本件全証拠によっても、被告が、通常のベンダとしての裁量を逸脱して社会通念上明らかに講じてはならないような不合理な対応策を取ったとか、ベンダとして社会通念上明らかに講じなければならない対応策を怠ったと認めることは困難である。そして、そのほか被告の重過失を認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告の重過失を理由として、本件各責任制限条項の適用を争う原告野村HDの主張は採用できない。」
否定したその理由については次の各点を挙げています。
「本件各責任制限条項には、第三者との間の契約に基づく支払について適用を除外する旨の規定は置かれておらず、経済産業省のモデル契約の条文や解説……にも、これに類する記載はない。そして、原告野村HD及び被告のような大企業が、確認の上、書面で締結した損害賠償額の予定について、明文規定も当事者間の具体的な交渉もないのに、一部の損害が適用から除外されると解すべき合理的な法的根拠は見当たらない。」
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